第4巻 「咲かずとて」

-----------------------------------------------第4巻より抜粋


 頭の芯が、ずきずきと痛む。今朝、家を出てから、ずっとこうだ。
 こめかみを押さえ、望美は奥歯を噛み締めた。
 ショックだったのはそれだけではない。
 今朝、母親に「学校に行きなさい」と言われた時に、彼女を説得出来なかったことだ。昔だったら、ちょっと甘えてみたりして、母親を説き伏せることだって出来たはずなのに。
 今は、それが出来なかった。
(私、もう、お母さんにどうやって甘えてたのか、思い出せない)
 向こうの世界で過ごした日々は、どれも大切で、かけがえなくて、みんな忘れられない大事なものだ。けれど、だからこそ、そのせいでなくした物があるとは思いたくない。
 けれど、向こうでなくした物は、確かにある。
 それを実感させられるのは辛かった。
 もう、決して、学校と家を中心に据えた小さな世界で、平々凡々を謳歌していた春日望美には戻れない。
 そう、思い知らされる。
 痛む頭を持て余しながら、ぐるぐると考えていると、いきなりぽんぽんと肩を叩かれた。
「っ!」
 不意打ちはいけない。
 敵は必ず、息を殺して詰め寄ってくるもの。
 ばねのように身を翻し、望美は叩かれた方を振り返った。
「きゃっ」
「っ、………ごめん」
 一瞬、驚き過ぎて恐怖の色を浮かべたクラスメイトの顔が、望美の鳶色の瞳に映り込む。
 しまった、と思ったけれど、もう遅い。飛び退るだけで良かった、と喜ぶしかない。咄嗟に右手を左腰に伸ばしていたことに気付くと、何だか急に泣きたくなった。
 どうやら、HRで出席を取るために名前を呼ばれていたのに、まったく気付いていなかったらしい。
「おいおい、どうした春日。寝惚けたのか。せめてHRの時は起きてろよな」
 二人の間に一瞬漂った冷たい空気を、誰も察せる訳がない。どっ、と教室が笑いに包まれる。教卓の上で、暢気に笑う担任の姿が、望美には道化のように見えた。
「のんちゃん、疲れてるの?」
 あんな反応を取ったのに、笑って話しかけてくれるクラスメイトを有り難いと同時に、大笑いしたくなる。
 殺気をぶつけられたことにも気付かないとは。何とおめでたい世界なのだろう。
「ごめんね、大丈夫。昨日、ちょっと夜更かししちゃって」
「期末近いもんね。点数悪いと内申にも響くし」
「うん、そう。私、今回自信なくって」
 ごめんね、と申し訳なさそうな顔をすれば、彼女はあっさりそれを信じた。にっこり笑って、気にしないでと言う風に手を振る。
 かつては、当たり前のように、自分も溶け込んでいた世界に、入れない。戻れない。
 向こうの世界でも、自分はいつも異邦者だった。
 だが、故郷と思っていたここですら、今の自分はまるで余所者だ。
(…もう、本当に、どうしたら良いのか分からないよ…)
 担任が教卓で話している声など、望美には意味の分からないお経よりも、耳に入らない。
 ぽつん、と雨の最初の一粒が、窓ガラスに当たる音が、やけにリアルに響くのが、少しだけ嬉しく、哀しく感じられた。



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目を覚ました時、望美は何故か『現代』に戻っていた。
自分と同い年の将臣がいる世界へ。
自分が確かに育ってきた世界にいる筈なのに、その場所に馴染めなくなっている自分に愕然とするが、もう異世界に戻る気力も出せず、高校生のままの将臣を直視することも出来ないまま、望美は死んだように、現代での時間を過ごしていた。

一方、勝浦では、皆が血眼になって消えた望美の行方を捜索していた。
望美が帰ってこない覚悟をしておいた方がいいと弁慶に言い放たれ、朔はかっと頭に血が昇って、彼に食ってかかるが…。




以下は、本編を読んでからお読み下さい。


























「読み終わったらお読みください」というか、大した話ではないのですが(笑)
ちょっとした言い訳と零れ話の場です。
こういうのお好きじゃない方もいらっしゃるかと思いますが、個人的には他の方のこういうの読むの好きなので。
良かったらお付き合い下さいませ。



やりたい放題の第4巻(笑)
元々、「弁慶と対立する話」ではなく、「異世界から逃げ出したくなって現代に戻り、現代に戻ったと思ったらそこもまた異世界で、逆に異世界で運命上書きを続ける決意をする望美の話」(長い。笑)を書こうと思っていたので、ゲーム的な熊野の話がないがしろになるのはしょうがないよね!(笑)
某おばあちゃんが出て来るのも、最初からの予定です。まっさんは、元々書く予定だったけど、2巻とか3巻書いてて、あの方向性が固まった記憶があります。
現代譲にはロクに出番がなく申し訳ない気持ちでいっぱいです。譲あっての現代幼馴染みなのに!
でも、譲は平氏の惣領ではなく、先輩のおさんどんなので、この場合はしょうがない(笑)


八葉+朔+白龍の計10周もすれば、これぐらいの境地に目覚めてもおかしくないような気がしないでもないんですよねー。
10周もやって、辿り着いた運命に満足出来ないなら、コレぐらいやってもおかしくなくない?みたいな(笑)
だってねぇ、ゲームの大団円はどうなのアレ!(笑)ネオロマ的にはオイシイのでしょうが。
個人的には、誰も落とさないで終わるノーマルENDの方が、大団円よりまとまりがあって好きです。
ていうか、清盛様はともかく、政子の設定に無理がある気がするんですよね…。九郎的にはしょうがないけど。