分岐点
初めてあなたが戦っているのを見た時、まるで舞っているようだと思ったわ。
細身の剣を、自在に操って。
たとえ相手がどんなに強くても、決してその顔は余裕を失わないの。
奔放なあなたらしく大胆で、いつもはふざけているのに憎たらしいくらい凛々しくて。
私は、そんなあなたの戦う姿が大好きだったのよ。
誰もが戸惑わずにはいられなかった。
容赦なく、自分たちに斬りかかってくるゼロスに。
躊躇わずにはいられなかった。
ついさっきまで、仲間だと信じて疑わなかった男に斬りかかることを。
必死の形相でゼロスの剣を受け止めたロイドに対し、ゼロスの方は穏やかな−あまりにも穏やかすぎる−微笑を消すことはなかった。
ロイドはゼロスを攻撃することに、躊躇いを捨て切れていない。だから、彼の剣も自然と鈍る。一方ゼロスの剣には迷いがない。ロイド達に切りかかることに、一筋の躊躇いも無い。だから正確無比に仲間たちへと振り下ろされる。
リフィルは完全に戦う気を失ってしまっているようだった。攻撃魔術を唱えようと開いた唇は、微かに喘ぐだけで、いかなる言葉も発せられない。気丈な彼女らしく、まだ二本の足で立ってはいるが、それもいつまでもつことか。
ふいに、リフィルの眼前を赤い影が躍る。
身動き一つ出来ないまま、次の瞬間には氷のような冷たさが彼女の首筋に感じられた。
「…何を迷ってる?」
最愛の人に刃を突きつけているのに、自分が思った以上に冷静な声をしていることに気付いて、ゼロスはほんの少し胸を撫で下ろした。
「何って…。だって戦えるわけがないじゃない」
リフィルの声はあまりに弱々しくて、頼りない。
「どうして」
「理由が無いもの」
「理由はあるさ」
ゼロスは目の前のリフィルの姿をじっと見つめた。
「…いつの間に忘れたんだよ? 約束」
「え…?」
「俺は絶対に忘れない。最後の瞬間まで、絶対に忘れないから」
縋りつくようなリフィルの視線を振り切って、彼はまた身を翻す。戦いの中に。
再びロイドの剣に自分の剣を振り下ろした。今度は、しっかりした手ごたえとともに、ゼロスの剣は受け止められる。力強くひたと見つめるロイドの表情に、ゼロスは満足気な笑みを浮かべた。
「ゼロス、どうしても引けないのか」
「ああ」
「それなら…、オレも引けない。オレは、コレットを助けたいから。そのために、お前を倒さなきゃならないなら…!」
「俺さまも引けない。いくらお前達が相手でもな」
「そうか…、なら、オレも自分の選んだ道を行く! コレットを助けるために!」
激しい鍔迫り合いの中、息がかかりそうなほど近くで、ロイドが叫んだ。
そうだ。それでいい。
俺の道とお前らの道は一緒じゃなかった。ただそれだけなんだよ。
ロイド、お前の道の先には必ずコレットちゃんがいるから。絶対に、立ち止まるな。
みんな、ロイドの声にはっとした。みんな嫌というほどわかっていたから。自分の生きたい道を進むことがいかに大切かを。
そして、リフィルも思い出した。額を寄せ合って交わした、あの約束を。
「行くぞ!」
ロイドが先頭を切って斬りかかる。その次にリーガルとプレセアが続く。しいなが符を使うと、ジーニアスが魔術の詠唱を始めていた。
まず、ロイドの剣を右手で受け流す。ロイドは力があるし、ゼロスの剣よりもロイドの剣の方が重いから、まともに受け止めては自分に不利だ。ロイドは一瞬体勢を崩したが、すぐにバランスを取り、切り返してくる。その隙を補うように、リーガルの蹴りとプレセアのアックスが襲い掛かってくる。二人の攻撃を同時に受け止めることは出来ない。ゼロスは逆に二人に向かっていき、ひょいひょいっと二人の攻撃をかいくぐると、リーガルの肩に手をついて彼らの頭上を飛び越えた。命のやり取りをしているとは思えないような、優雅な動きで。
着地しようとした刹那に、しいなの符が飛んでくる。避けることが出来ない瞬間を狙った絶妙なポイントだった。彼はあえてそれを左手で受けると、前方へ素早く転がった。一瞬の後、ゼロスがいた場所が炎に包まれた。ジーニアスの放った魔術だったのだが、身軽に避けられてしまった。
無意識のうちに、彼女の方へ視線を巡らせてしまう。起き上がった瞬間、こちらを見ていたリフィルと視線が交錯する。
頼む。もう一度だけでいいから、見せてくれ。
あの光を。君の笑顔を。
一閃した剣が、しいなの腕を浅く切り裂いた。鮮やかな深紅の糸がぱっと宙に飛ぶ。間一髪で身をよじったため、傷はかなり浅い。
ごめんなさいゼロス。約束を忘れていて。
最初に言い出したのは私なのにね。
あなたが約束を守り続けるなら、私も私の信じた道を行くわ。
たとえ、私とあなたの道がもう並ぶことがなくても。
リーガルの強烈な蹴りが、ゼロスの鼻先を掠める。畳み掛けるようにプレセアが、ロイドが、攻撃を仕掛けてくる。そんな状況なのに、彼の視線はついリフィルを追ってしまう。
一目でいいから、彼女の碧い瞳が自分を見てくれることを祈って。
視界の片隅に、すらりと立つ長身の姿が見えた。杖を前面に構え、一心に詠唱している。
果たしてゼロスの想いが届いたのか―。
リフィルがふっと顔を上げた。
…満面の笑顔で。大輪の花が咲くが如く。
しかし、良く見れば彼女の瞳は今にも泣き出しそうに潤んでいる。それでも彼女は笑顔を浮かべ続けた。誰のためでもない。大切な人のためだけに。
ごめんリフィル。君とずっと一緒に居られなくて。
俺の方から君を求めたのに。ずっと傍に居て欲しいって言ったのに。
でもこの想いは本当だから。それだけは絶対に、絶対に真実だから。
祈るよ。
君の未来が幸せであることを。ここから果てしなく広がっていくであろうことを。
すぐ近くに電撃が落ちた。一瞬目が眩む。煙を切り払うようにアックスが閃き、避け切れなかったゼロスは、肩を浅く切られた。息つく暇もなく、正面から蹴りが襲い掛かってくる。相手に反撃のチャンスを与えない、本当に良いコンビネーション。ついさっきまでゼロス自身、彼らとともに絶妙のコンビネーションで多くの敵を倒してきたというのに。
今度の蹴りは避けられない。受身を取ってダメージを減らそうとする。
だが、次の行動に移ろうとした時は、もう遅かった。とりあえず視界に映ったのは、きらめく白刃のみ―。
「…どうしてだよ」
己の手の中の、背筋が凍るような感覚に、ロイドはかろうじてこの一言を絞り出す。
「どうして避けなかったんだよ…!」
自分でよく分かっている。一瞬、無防備になったゼロスを見て、突き出す剣が鈍ってしまったこと。彼ならば、速度の落ちた今の一撃ぐらい、十分に避けられたであろうことを。
「避けられなかったんだよ…。…俺さまには、この辺が精一杯だぜ…」
呼吸が苦しい。一言、発するだけで、胸が灼けつくようだとゼロスは思った。
痛みを感じるよりも何よりも、熱くて堪らない。しかし、灼熱のような腹部と裏腹に、指先は急速に熱を失い始めていた。使い慣れた剣すら重たくて、指先をすり抜ける。
ロイドの胸倉をつかんで引き寄せ、ゼロスは彼の耳元で一言二言、囁いた。
その内容を確認したロイドは、はっと顔を上げた。目が力強い輝きを取り戻している。
「本当なのか…!?」
「…この期に及んで、嘘なんて言わねぇって。野郎は本気だ…。早く、行った方がいい…」
言って、ロイドから身を離す。もっと普通に動けるものだと思っていたのに、体がずっと重い。腹部に刺さったままのロイドの剣をようやくのことで引き抜くと、驚くくらいの血が溢れてきた。誰かの―リフィルのものか、しいなのものかはわからなかったが―甲高い声が響く。
たまらずゼロスは膝をついた。現実のものではないような勢いで、みるみる血溜まりが広がっていく。
「ゼロスッ!」
真っ先に駆け寄ってきたのは、言うまでもなくリフィルだった。真っ青になって動揺しているが、流石はパーティの回復役である。血には少しも怯まず、傷を癒そうとする。
だが、その手を止めたのは他ならぬゼロス自身だった。
「いや、いい…。その必要はないよ…」
「何言ってるのよ、早く見せなさい!」
無理にでも傷口を癒そうとするリフィルを、寂しそうに微笑みながら見やり、ゼロスは彼女を突っぱねて立ち上がった。
腰からもろに尻餅をついたリフィルが顔を上げると、ゼロスはすでに彼女の目の前にはいなかった。ゼロスの姿を目で探すと、存外彼はすぐ目に付くところに立っていた。床の一番端を取り囲む柱の一本に寄り掛かるように。
血溜まりがあっという間に広がっていく。ゼロスは唇の端に薄く引きつった笑みを浮かべた。これはリフィルにどんな癒しの魔術をかけてもらっても助からないだろう。
両の足が地を蹴る。
支えるものの何一つない、虚空へ。
「駄目…!」
反射的に体が動いた。持ち得る限りの最高の動きで、宙に飛び立とうとする赤い鳥に手を伸ばす。早く追いつきたいのに時間が経つのがとても遅い。倒れていくゼロスがとてもゆっくり見えるが、自分の手足もこれ以上早く動いてくれなかった。
お願い、止まってよ。
そこで止まってくれれば、貴方に追いつけるの。
貴方を引き止められるのに!
「先生!」
無我夢中で突き進んでいたのを、後ろから伸びてきた腕が、無理やり静止させる。
「離して!」
「駄目だ、先生!これ以上行ったら落ちる…!」
はっとして下をみると、50cm先にはもう床がなかった。虚無を思わせる、灰色のどろりとした空間の中に、墓標の如き柩がかっちりと並んで浮かぶ、グロテスクな光景が映った。ても見えない。足の下に広がる中空をじっと睨みつけ、懸命に赤い髪を探す。が、いくら探しても、虚無と柩の群れ以外には何も見出すことが出来なかった。
だが、深い絶望と同時に、安堵が込み上げてくる。もし、この無限に広がる灰色の世界で、あの赤毛を見つけてしまったら、なりふり構わず飛び降りてしまっただろうから。
空気が抜けたように、リフィルは床に崩れ落ちた。涙は出て来ない。頭の奥が痺れて、何も考えられなかった。
横に立つロイドが舌打ちして、柱を殴る。食いしばった歯の間から、言葉にならない思いが溢れた。
どうして。どうして。どうして。
疑問詞だけが頭を巡る。それは皆も同じようだった。さっきはゼロスの気迫に圧されるまま戦ってしまったが、今になって、果たしてそれで良かったのか分からなくなる。
他に道はなかったのか。彼と分かり合うことは出来なかったのか。
思い詰めた表情で両手を握り締めるプレセアの肩に、リーガルがその大きな手を乗せる。
声を出さないように泣くしいなの白い手に、ジーニアスがそっと触れる。そのジーニアス自身も、涙を堪えているような、怒っているような微妙な表情をしていた。
いつまでそうしていただろうか。
真っ先に立ち上がったのは、リフィルだった。
「さあ…、みんな、行きましょう?」
ロイドがリフィルを見て、大きく、力強く頷いた。
「…そうだ。コレットを助けに行かなきゃ。あいつが教えてくれたんだ。コレットはこの先にいる、今ならまだ間に合うって」
コレットの名前を聞くと、みんなの目にたちまち生気が戻ってきた。
今はくよくよしている場合じゃない。まだやらなければならないことがあるんだ、と。
「行こう。みんな」
颯爽と踵を返して、ロイドがワープ装置に向かう。みんな、しっかりと頷いて彼の後を追った。
一人、その場に立ったままのリフィルは、小さくて、悲しげな笑みを浮かべて虚空を見下ろしていた。
約束は果たすわよ、ゼロス?
たとえ、貴方と私の道が異なっても、私は歩みを止めないって誓ったわ。
そんなこと、絶対にある訳ないって思っていたのに。
貴方は、このことをだいぶ前から決めていた。
だからあんな約束をしたのね。
ずるい人。
まあいいわ。私は、貴方の望んだ通り、そして私自身が望んだ通り、歩いていくから。
さよならなんて言わない。涙が出そうだもの。
だから、ありがとうって言うわ。
私の大切な、道標。
「リフィルー?行くよ?」
しいなの呼ぶ声がする。リフィルは最後にもう一度笑うと、床に落ちているゼロスの剣を拾い、自信に満ちた足取りで仲間達の元へ歩き出した。
道標になろう。
最愛の君の。
大切な仲間たちの。
俺に選べる道はこれしかなかったから。
いや、俺が望んで選んだ道だからこそ。
傷つけてしまった人々へ。せめてもの償いを込めて。
俺の道はここで途切れて、もうみんなを見送ることしか出来ないけれど。
優しい風が吹く草原の中、みんなの背を見送ろう。
振り返ってもいいよ。俺はやっぱり嬉しいから。
でも、歩みは止めるな。
みんなの道は遥か先へと繋がっているのだから。
未来へと。
BGM by「ミチシルベ」 orange range
あわわ。自分でもコメントしがたいシロモノになってしまいました(汗)
某曲を聞いていたら、「ああ、こんなの書きたいな〜」などと思ってしまいまして。
クラトスルートをプレイしたこともないのに!!無謀というか馬鹿です(殴)。
でも、満足vv
実際のゲームのシーンがこんなのだとは、これっぽっちも思いませんよ!!(一応)
スキットにあるように、みんながゼロスの気持ちをわかってあげられてなくて、彼がこういう行動に出たのだとしても、ゼロスがこの結果を後悔していないことは、みんなに分かって欲しかったりしたのです。
そう、特に、ハニーには(笑)
「優しい風が吹く〜」の部分のイメージは、Key to my heartのイントロの、カイル達が空を見上げているシーンです。あそこがとても好きで…v
ついイメージにしてしまいました。
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