迎えに来て





 風が強く吹いていた。
 頬に触れる風の感触は、熱と湿気を帯び、さながら生き物のように肌に纏わりついてくるよう。怒号と悲鳴が、その風に乗って彼らの耳にも届く。
「行かなくては…」
 女が小さく呟いた。長い、緑味を含んだ白銀の髪がふわりと翻った。年はまだごく若い。大きい緑の瞳が、怯えに、決意に、哀しみに見開かれていた。
「…危険だぞ?」
 女の小さな肩に、がっしりとした手が乗せられた。隣に立った背の高い男が、女を見つめて言った。男の蒼い髪も熱風に流れている。纏った鎧にはあちこち傷が走り、腰に佩いた剣の柄は使い古されて擦り切れていた。
 肩の上の男の手に自分の手を重ね、女は微笑した。
「でも、行かなければ。そして、この戦いを終わらせなくては」
「そうだな。…そのために戦ってきたのだからな」
「そうよ…。それが私のやるべきことだもの」
 女が振り返って男の顔を見上げると、優しい蒼の瞳に見つめ返された。
「では、共に行こう。そして、君は私が護ろう。…それが、わたしのやるべきことだ」
 瞳と同じく、男の声はとても優しかった。そして、穏やかだった。その分だけ、女は胸が刺すように痛むのを感じていた。吸い付くような重い風と、流れる叫喚とは、二人の周りだけ無縁だった。
「…ありがとう」
 益々眩い笑みを浮かべて、女が応えた。
「だから、死ぬなよ」
 肩の上の手が、ずっしり重くなる。男の声の奥の気持ちにヒビが入る。女の決意を止められないのはわかっているのに、行かせたくなくて。支えた手を離したくなくて。
 瞬間、女の笑顔に影が差す。
「私は…」
 言いかけて言葉を切る。ごまかしを口にしようとしたが、それはしたくなかった。この時に、この人に向かって。
「私は死ぬかもしれない。いえ…、どうなってしまうのかもわからない。
 でも、どうなっても私は私でしょう?…だから迎えに来てね。私は、どこにいても、貴方を待っているから」
 たとえそこが、戦場の只中でも。暗く汚い水の底でも。
 最後の時は、貴方と共に。


 女の穏やかな言葉に瞳を閉じ、男は位置を変えた。正面に立ち、その細い両肩を、両手で支えてきっぱりと言った。哀しみも、迷いも、全て振り払って。
「約束しよう。必ず、迎えに行く」
 君がどこで果てようと。どうなってしまおうと。
 君の最後には、その傍にいると。


 約束、しよう。


「…ずっと、待ってるわ」
 一筋流れた涙はそのままに、女はたおやかに微笑んだ。


 血の匂いを含んだ風が吹いた。…戦いが始まろうとしていた。





迎えに来て


一万打御礼企画第二弾。

ユアマーでした。書いてる時の合言葉は「戦場の恋」(笑)
某弱虫魔法使いと爆裂おばあちゃんの姿が脳裏をよぎったから、なんてここだけのオハナシです。
ユアンさまをいかにヘタレでなくするかがポイントだったり(笑)

日頃の感謝を溢れるくらい込めて。
一万打ありがとうございました!

2005.4.1