生まれ落ちた証
「ティトレイ!誕生日おめでとう!」
宿屋に戻って来たティトレイを、幾つもの声が出迎えた。
夕方の市場へ大量の買出しに出掛けていたので、人波に揉まれて服はしわくちゃ。何処でひっかいたのか、頬には小さなみみずばれも走っている。両手に抱えた紙袋は腕の中からはみ出し、今にも中身が零れそう。
案の定、一番上に乗っかっていたグミの包みが、ぼたっと床に落ちた。
「…俺?」
「もー、他にいないでしょー?」
両手を腰に当てて頬を膨らませたマオが、きょとんと目を見張るティトレイの鼻っ面に細い指を突きつける。部屋の中は逢魔ヵ刻の色にすっかり染められていた。柔らかいオレンジ色と、仄かな紫色が上手く混ざり合って木の壁を彩っている。
「これでヴェイグさんと同い年だ、って喜んでたじゃないですか。忘れてたんですか?」
両手でケーキを抱えたアニーが、呆れたような声を上げる。苺にラズベリー、ブルーベリーなどのベリー類をたっぷり使った純白のケーキは、部屋中に瑞々しい香りを振り撒いている。つやつや光る生クリームに、思わず生唾が滲み出る。
部屋に備え付けのテーブルの上には、大皿に盛られたご馳走が並んでいた。白い湯気をたてるご馳走は、出来立てらしく、空腹の胃を思いっきり刺激する。
チビっ子二人に思いっきり呆れられても、ティトレイはまだ呆然としていた。
誕生日。そう言えばそうだったっけ。
例年は、セレーナや工場の仲間が盛大に祝ってくれていた。でも、そんなペトナジャンカの日常は、今や時の彼方で、自分の誕生日のことも、それを祝ってもらうこともすっかり失念していた。
「…覚えててくれたんだ」
「当たり前よ。だって、大事な仲間の誕生日だもの」
ヴェイグの隣に仲良く並んだ金髪のクレアがにっこり微笑む。彼女が笑うと、そこに春が訪れたように、空気がぱっと華やかになる。大柄なガジュマが、破顔して荷物を受け取ってくれる。
「すまないな、買い物に行かせて。マオがどうしてもティトレイを追っ払えとうるさくてな」
「追っ払うなんて言ってないヨ! ただ、準備もあるしさ。ちょっとここにいられちゃ困るなぁってさ」 「それを追い払うと言うんだ…」
悪気のまったくないマオの言葉に、ヴェイグが肩を竦める。ティトレイと目が合うと、瞼にかかる銀髪ごしに、彼はにやりと笑った。
「これで同い年だな」
「ティトレイさんとヴェイグさんって同い年なんですよね。私、最初はヴェイグさんの方が年上だと思ってました」
ケーキをテーブルの上に載せて、アニーが言う。一ミリの狂いもなく八等分にしようと、包丁をちゃきっと構える。アニーがきちんと仕事を果たすよう、前で目を光らせながら、マオがくすくす笑いを押さえきれずに言った。
「だってヴェイグの方が大人だもんー。ティトレイはあれだしね、最初会った時…」
「だー、もう黙ってろマオッ!」
マオがみなまで吐いてしまう前に、ティトレイは炎の少年の口をがばっと塞いだ。
「最初会った時?」
何の話だかわからないクレアが、無邪気に尋ねる。嘘をつくのが申し訳なくなる、悪気のない顔にティトレイは引き攣った笑顔を返した。
「あ、いや。何でもねぇって」
今日は自分が祝われる日なのに、恥を暴露されてしまうなんて冗談じゃない。あの事は、皆に散々話題にされ、笑われまくっている。確かに自分でも、これ以上ないくらい恥ずかしい初対面だと思う。唯一の救いは、自分では暴走した時を一切覚えていない事くらいだ。
その時、開けっ放しだった扉から、背の高い美女がひょこり姿を現した。
「ああ、白目剥いてた話?」
あっさり。零しかけていた溜め息が、刹那に引っ込む。
止める間もなく、ハーフの美女は肝心の言葉を告げてしまった。
暴れるマオを抱え、一生懸命作っていた笑顔は、背後から響いた声に一撃で砕かれる。
「私も是非見たかったわ、例の白目。相当情けない顔だったらしいわよ、クレア。ああ、情けないのはいつもだけど」
くす、と笑い美貌のハーフは、両手に持っていた皿をテーブルに載せる。
誕生日パーティをするつもりだと宿屋の主人に告げたところ、彼らは快くパーティ用の料理の準備を申し出てくれた。特製の、鶏肉の煮込みが鼻腔をくすぐる。
根元で折れた角を堂々と晒したヒルダは、艶やかな黒髪を翻し、ティトレイを横目で見る。その口元は、おかしくてしょうがないと言うように笑っていた。
「ヒルダーッ!」
そうやってムキになるティトレイの反応がおもしろいから、ヒルダもついついからかってしまうのだが、肝心のティトレイはそんなことは知りもしない。
ただ、クレアは人の恥をタネに笑いはしない。ヒルダのようにからかわれないだけマシだ、とティトレイは内心涙を飲んだ。
「こらこら、喧嘩をするな。折角の目出度い席で」
呆れ半分、微笑ましさ半分でユージーンが間に入る。ユージーンからすれば、二人の言い合いなど喧嘩というよりじゃれあっているようにしか見えなかったが、そんなことを言ったら両者からブーイングを受けてしまう。あえてそこは口にしない。
「そうよ。私、白目くらいどうってことないと思うわ」
笑顔でフォローとも言えないフォローを送り、クレアはぱちんと両手を合わせた。その後ろでは、クレアの悪意のない言葉に爆笑しているヒルダとマオとアニーがお腹を抱えて笑い転げている。
「お前ら笑い過ぎだッ!」
「だっ、だってクレアってば純粋なんだもんー!」
「あれじゃあ怒るに怒れないものねぇ…」
笑いを堪えて言ったヒルダとマオだったが、顔を見合わせると箍が外れたように、再び笑い出した。涙を流しながら笑い転げる三人と怒れる主賓は放っておいて、ヴェイグとクレアはベリーケーキに蝋燭を立て始めた。八等分されたケーキの上に一本ずつ、色とりどりの蝋燭が立つ。
「いーい根性してるな、お前らッ!」
最初の目的は半ば忘れたティトレイが、両の拳を合わせてヒルダとマオの頭の上から怒鳴った。その緑色の目は完全に座っている。
「そんなに楽しいなら、お前らの誕生日も今日にしちまうか!?」
一瞬静止し、ヒルダとマオは瞳を交わした。先に、マオが不満そうな声を上げた。
「えー、ティトレイと一緒―?」
聖獣に生み出されたマオにはそもそも誕生日というものがなく、赤子の頃に実の親から引き離されたヒルダは、自分の誕生日を知らない。
「嫌よ。だって今誕生日が来たら、年取るじゃない」
誕生日は年末にしといてるの、とヒルダは口を尖らせた。どうでもいいところだけ気が合うマオとヒルダは、ねぇ、と顔を見合わせる。
「つべこべ言うな! 俺はもう決めたぞ」
胸を張って二人を見下ろすティトレイは、拳を握り締めて元気に言った。あんまりにも生き生きしているティトレイを見上げ、マオとヒルダは三度顔を見合わせる。
くすくす、と外野から堪え切れないアニーとクレアの笑い声が降って来る。三馬鹿トリオ…、とヴェイグは苦笑したが、相変わらず止めようとはしない。
トドメに、しっぽを下げたユージーンが重々しく呟く。
「ま、諦めるんだな」
今日は、ティトレイの誕生日なのだし。
第一、突っ走り始めたティトレイを止めるのは至難の業だ。
「仕方ないわね…」
黒髪をかき上げ、ヒルダは溜め息をついた。ついでに、マオの頭をがしっと掴んで睨みを利かせる。
「勿論、あんたも同罪だからね」
「ボクはいいよー。だって一コ年取っても14だもーん。ヒルダとは違って」
「お黙り」
言葉と同時に、マオの炎の頭にげんこつを食らわせる。いて、と後頭部を押さえながらも、マオは結構嬉しそうだ。
「それじゃあ、そろそろ始めましょうか? ティトレイさんと、ヒルダさんとマオの誕生日パーティ♪」 さりげなく流れを読んで場を仕切れるクレアが、会話の隙間にふわりと滑り込んだ。助手のアニーがちゃっちゃと皿を配る。
「蝋燭、もう一本ずつ刺すか?」
「あらヴェイグ、もう十分よ」
二本目の蝋燭を刺そうとしていたヴェイグを、クレアは明るく止めた。そして、けぶる金髪を揺らしながら、アニーが配ってくれたお皿にベリーケーキを載せていく。その後から、人間チャッカマンことマオが蝋燭に火を灯していく。
アニーは、ヒルダとユージーンにはワインを、残りの皆にぶどうジュースを注ぐ。
料理が揃ったところで、七人はぐるりとテーブルを囲んだ。片手に飲み物を、目の前には甘いベリーケーキを置いて。
明るい顔が七つ、おんなじように笑っていた。
「では、始めようか」
パーティのお父さん、ユージーンが大きな口を綻ばせる。子供達は、頷いてグラスを掲げた。
七つのグラスと、七つの声、そして七つの笑顔が同時に弾けた。
「Happy Birthday!」
恐れ多くも、大好き&大尊敬な空豆莢さまのお誕生日に差し上げたSSです。
差し上げたと言うより、押し付けたとも言う(滝汗)
相変わらずな展開で申し訳ない限り…。もっと素敵な話が考えられないものか。
マオもヒルダさんも、自分の誕生日知らないだろうなぁと思って書き始めた話です。
ヒルダさんが知ってたらある意味問題ですよ。だってトーマさんが、彼女のご両親に聞いた
としか(以下略/笑)そんな甲斐性がトーマさんにある訳がない!(と思う)
マオ、ヒルダさんはまだまだ十分若いので、あまりいじめないであげて下さい(笑)
2005.4.5
|
|