忘れられない贈り物





「はーい、ということでセネセネ、誕生日おめでとう〜!」
 ノーマの明るい声と同時に、パンパンパンッとクラッカーの音が続けて鳴った。
「…ありがとう」
 銀髪の上からぶら下がったクラッカーの中身の紙テープをつまんで払い、セネルは嬉しさ半分苦笑半分で答える。
 今日はセネルの誕生日。レイナード邸の居間にはいつものメンバーにオルコットとエルザ、モフモフ3兄弟、それに何故かザマランまで揃っていて、今まさにパーティが始まったところだった。テーブルの上には、女性陣が作ってくれた大ご馳走が所狭しと並べられている。バースデーケーキに様々なフライ、サラダやスープやスパゲッティ、パンなど、それらは机からはみ出さんばかりの量だ。その中には、ロシアンルーレットの如く、ハリエットの作った料理も混じっているのだろうが、見た目でそれとは判別出来なかった。
「悪いな、こんなにしてもらって」
「いいってことよ〜、あたしん時は頼んだから」
 右手をぱたぱたと揺らしつつ、ノーマがからからと笑う。冗談なのか本気なのかはわからないが、まったくもって彼女らしい。
 というより、はしゃぐのが好きなこの面子のこと。セネルの誕生日にかこつけて思う存分騒ぎたい、と言うのがこのパーティの本当のところなのではないだろうか。
「ノーマ、何、恩の押し売りをしている」
「なによー。これは超重要なことなんだから!クーも頼んだからね!」
「はいはい…」
 ノーマの剣幕に呆れて肩を竦めるも、怒るほどではない。クロエは琥珀色の瞳を細めて苦笑いをした。
「さぁて、そんなことはともかく。誕生日ってからにはとりあえず、最初にプレゼント渡しとこっかー?」
「「さんせーい!」」
 にやり、といかにも何か裏のある笑いを浮かべた顔をするノーマの言葉を受けて、ハリエットとエルザが揃って元気に返事をした。
「プレゼント…?」
 嫌な予感が胸をかすめ、セネルは眉をひそめる。そういえばこの間ノーマとモーゼスは、それに関してとんでもないことを言っていたっけ。
 だが、考えてみれば、さっきから『彼女』の姿を見ていない。
「……………まさか」
「いやー、ちょこっと苦労したけどね。ま、その分自信はあるわよ、とにかく見て見て!」
 セネルのぼやきは完全に無視して、ノーマがさっと合図をすると、ハリエットとエルザが嬉々としてドアを開けた。
 果たして。ドアの外で、気まずそうに真っ赤になって立っていたのは、さっきからどうも姿を見ないと思っていた、彼の義妹だった。
 おぉ、というどよめきにも似た注目の中、からん、とセネルがフォークを取り落とす音がやけに大きく響いた。
「お兄ちゃん、誕生日おめでとう…」
 引きつった笑顔で、視線の的になっていたシャーリィは、恥ずかしがりながらもなんとかそれだけは言い切った。
「可愛いっしょー♪」
 脳天気なノーマの声が、ぴしりと固まったセネルに、容赦なく浴びせかけられる。
 可愛い。確かに、ものすごく可愛いが。
 戸口に立ったシャーリィは、ノーマ達に用意させられた、レースやフリルをふんだんに使った真っ白なワンピースを着て、普段は三つ編みにしている顔の横の髪の毛を解いて、ふわふわと広がらせていた。セネルの隣のノーマに、ちろっと恨みがましい目を向ける。
「もう、ノーマってば、恥ずかしいって言ったじゃないのッ!」
「なんでよー。超可愛いよ?リッちゃん」
「っ、嬉しいけど嬉しくないですっ」
 確かに、中身の意外な頑固さに反して見た目は華奢で可憐で通るシャーリィである。そのレースとフリルのワンピースはよく似合っていたし、細い蜂蜜色の髪のいつもと違う雰囲気も綺麗だったが、問題なのはそこではない。
 そう、問題なのは、蜂蜜色の髪に乗っている小さなティアラとベールと、右手に持っている白とピンクの花のブーケであった。
 それはいわゆる、ウェディングドレス風、と言えるもので。
 毎度のことながら、ノーマはぶっ飛んだ演出を考えてくれたものだった。
「大丈夫よ、心配しなくたって、セネルくんにそんなかいしょーないんだから」
 真っ赤になって困り果てているシャーリィに、ませた9歳児が止めの一言を言い放った。
 いや、だから。そういう訳ではなく。反論の言葉が思い付かずに、シャーリィはただただ絶句してしまった。
「いやー、それにしても、リッちゃんってば恥ずかしがっちゃてさー。クーとグー姉さんに取り押さえて貰って皆で着替えさせたんだけど、まあグー姉さんはいつもの調子だし、傍から見たら、クーがリッちゃん襲ってるようにしか見えなくっておっかしいのなんのって」
「ノノノ、ノーマ!」
「ベールはねぇ、お姉さんが作ったのよぉ。楽しかったわよねぇ、クロエちゃん♪」
 クロエの動揺など一切意に関さず、グリューネが花を飛ばした。だって、お姉さんはシャーリィちゃんのお母さんだものぉ、などとほえほえと笑っている。
「グリューネさんッ!」
 いきなりあらぬ方から矛先が回って来て、今度はクロエが顔を真っ赤にした。クロエとしては、シャーリィがあんまり恥ずかしがるもので、ついつい悪乗りして押さえてやっただけである。改めてそんな風に茶化されると逆に気まずい。
「どうしてそうなるっ!」
「そんなの決まってんじゃん。あたしが楽しいから」
 清々しいほどきっぱりと、ノーマは高らかに言い切った。
「そ、そうだな…。お前はそういう奴だったな…」
 こめかみをきつく押さえ、クロエは口の端をぴくぴくさせながら、果敢にも不敵に笑おうとしたが、生憎とそれは成功せず、苦々しい笑顔になってしまった。
「まぁそーゆーわけで、セネセネ、あたしらからの誕生日プレゼント、存分に堪能してねー♪」
「…………」
 多少、最後の一言の言い回しが気になるが、もはやツッコム気力も失せたセネルは、無言で首をがっくりと垂れた。
「ほんじゃ、早くご飯食べよー!ほれほれ、リッちゃんの席はセネセネの横だってば」
 ノーマの、こんな事の運び方にすっかり慣れている仲間達は、特に気にするでもなくわいわいとパーティを再開した。エルザがシャーリィの背を押して、セネルとクロエの間の席に押し込み、自分はしっかりもう片方のクロエの隣をゲットする。
「セネルさん、他のプレゼントもご用意してますから。ノーマさんのやることを、いちいち気にする必要はないですよ」
 と、澄ました調子でジェイが言えば。
「セの字は嬢ちゃんがおれば十分かも知れんが、一応ワイらからもプレゼントじゃあ!」
 ばしんと、金色に輝く謎の置物をテーブルに乗せて、モーゼスが大笑した。何かの動物を象っているらしい一抱えもあるそれは、お世辞にも可愛いとか綺麗などとは言い難い代物だったが、大きさからしてもそれなりの価値はあるようだった。そして、それは明らかに、元・山賊の彼が何処かで手に入れて来た戦利品の一つだと想像出来た。これは、一応彼なりの誕生日プレゼントらしい。
 どいつもこいつも、祝ってくれているのだか、からかっているのだか、その境目はよくわからなかったけれど。
 ふっとセネルが表情を笑み崩したのに気付いて、シャーリィも小さく笑って、顔を彼の方に向けた。薄衣で出来たベールがシャーリィの顔を半分隠している。
「お兄ちゃん、嬉しそうだね」
 海色の瞳に優しく言われ、セネルは噛み締めるように、深く頷いた。
「…うん、そうだな」
 こんなに大勢の人が集まってくれた誕生日なんて、生まれて初めてだ。物心ついた頃には、周りにはもう戦乱と悲劇が立ち込めていたから。誕生日なんて、祝う余裕もなかった。
 水の民の集落に住むようになって、ステラとシャーリィが誕生日を祝ってくれたことも当時の彼にとっては信じられないくらい嬉しい事だったけれど、今日は間違いなく、それ以上。
「こんな誕生日、初めてだ」
 嬉しそうに言ったセネルの空色の瞳を見交わして、シャーリィはにっこりと微笑んだ。
 それならまあ、自分がこんな格好までしたのも、意味があったというもの。
「お兄ちゃん、誕生日、おめでとう」
「…うん。ありがとな」
 ウェディングドレス風の服を着たシャーリィにそんな風に言われて、少しこそばゆい思いをしながら、セネルは満面の笑顔で礼を言った。







「しかし、うちの娘はいつどこで、甲斐性なんて言葉を覚えて来たんだ…」
 麦酒のジョッキに口を当てつつ、悩める親父がぼそりとそう呟いた。それを横目で見ながら、頬杖をついたノーマは呆れてがくっと脱力する。
 この男、普段は嫌になるくらい鋭いくせに、娘のこととなるとてんで駄目になるのだから。
「ウィルっちー…。とりあえず、まず、その娘に対する自分の態度を省みてみようよー…」
 と、ぼやいたノーマの言葉の意味をわかったのかどうか。悶々と悩むウィルの横顔があまりにおかしくて、ノーマは堪え切れずに吹き出した。












 一連のパン関係スキットに触発された、脳内レジェブームの産物ですが、パンとはさっぱり関係ないお話ですね(笑)
 以前の拍手御礼SSの続きということで。セネ太郎へのプレゼントはシャーリィがいれば事足ります。本望でしょう(笑)

 ベールといえばグー姉さん。本番の結婚式も、グー姉さんの手作りベールでやるといいなとか考えると、妄想万歳な感じです(笑)ついでだから、クロエさまもノーマさんも、このグー姉さん手作りベールを使うといいよ!
 このままついでにジェイノマ、モゼクロになってしまえばさらに言うことないのですがどーなることやら(笑)パーティ内カップリングが出来ようと出来まいと、あの子達の雰囲気は変わらないでしょうけどね。
 最近ぽつぽつとモゼクロという響きを拝見することが多くて、にんまりな今日この頃です。作品も拝みたいですね(むふふv)
2006.6.4