Key of the twilight





 陽が暮れかけたウェルテスの街路を、少年が歩いていた。仄明るく灯った街灯の下、多くの人が家路につく時間だ。
 少年は、四方八方に伸びた銀色の髪を夕風に揺らしている。中肉中背だが、程よい筋肉のついた、引き締まった体つきをしている。唇を軽く引き結んだ顔に気負いはないが、油断のない鋭さも感じさせる。
 とは言っても、そこそこ整った容貌は人当たりが良い方で、まだどこかに幼さの残りも持っていた。
 少年――セネル・クーリッジは、町外れに向かって歩いていた。ついさっき灯台の入口で仲間達と別れたばかり。それぞれの時間を過ごしてから、また宴会のために集合となっている。本当のことを言えば、そんなことをしている時間も惜しかった。一分でも、一秒でも早く、シャーリィの元に向かいたい。
 だが、ジェイやモフモフ族に「天駆ける軌跡」の調査をしてもらわないことには、先には進めない。今は、逸る心を抑えて明日に思いを馳せる。
 セネルが目指しているのは、町の外れ。昼間でもそれほど訪れる人が多くないのだから、夕方ともなれば尚更だ。人っ子一人通らない道を真っ直ぐ進んで行く。
 街灯の数も減り、沈みかけた夕日の最後の光が空を赤く染める。元創王国時代の遺跡と同居する形で作られたウェルテスが持つ雰囲気は、大陸の街とは決定的に違っていた。崩れかけてはいても尚も堅固な、元はドーム状の建物の骨組みだったのだろうと推測される、赤い柱が、街中のいたるところに残っている。公園を階段滝の方に抜けると、すぐ右手にはウェルテスを囲む岩壁へ続く道が開ける。少ない明かりにぼんやりと照らされたそこは、時間が時間であるのも含めて、人っ子一人いない。伸びる階段の達する先を仰ぐ。夜になったら立ち入り禁止になってしまうかと思ったが、そんなことはないらしい。
 セネルはまっすぐ階段の向こうを目指した。




 墓地は、ウェルテスを囲む岩壁の一部を削りだすような場所に位置している。長い階段を上って踊り場に至り、それからさらに上ると広い土地に墓石が並ぶ。
 たった一つきりの街灯が暗い足下を照らし、灰色の墓石をぼうっと浮かび上がらせている。セネルは迷わず一つの墓碑の前に立った。真新しく、石に彫られた銘も、くっきりと浮かび上がるこじんまりとした墓。墓は綺麗に掃除が行き届いていて、石の上には萎れかけた花束が載せられている。セネルは萎れた花束を持ち上げ、下の墓碑をさっとぬぐうと、持って来た新しい花束を載せた。向日葵に桔梗。奇妙な取り合わせに花屋の娘が首を傾げたが、笑顔で通した。季節外れの桔梗が、思ったよりもいい値がしたのも、気にしない。
 桔梗は、ステラの好きな花。そして、向日葵はシャーリィの好きな花だ。
「さて、と」
 墓碑の前に腰を下ろして、セネルは胡座をかいた。ちょうど、墓碑の前に座る誰かと向き合うように。
「しばらく来れなくってごめんな」
 返事がないのは当然だが、彼は当然のように墓碑に語り掛ける。浅黒い肌は闇に溶け、銀髪だけが街燈に照らされて、ぼんやりと浮かび上がる。真っ直ぐ墓碑銘を見つめる瞳の色は、透き通った空の色。
「…ステラに、どんな顔して会えば良いかわからなかった。…怒ってるよな?」
 墓碑銘は、何も語らない。けれど、セネルは微笑を浮かべたまま、尚もここにはいない幼馴染みに語り続けた。
「怒ってるのは、そのことじゃない…よな。…ごめん。ステラの代わりに、俺がシャーリィを守ってやらなきゃならなかったのに」
 メルネスとしての重責を背負わなければならない運命を定められた妹。引っ込み思案で、人見知りをして。胆の据わったステラに比べれば、気も小さくて、少し泣き虫なシャーリィ。たった一人の妹を、ステラがどれだけ大切にして、守っていこうと思っていたか、セネルは知っているはずだった。3年前、そうしてシャーリィを預かったはずだったのに。
 あの頃は、ステラに傾く思いが強すぎて、そのことを本当に理解していなかった。
 そして、水の民の里で、シャーリィと話した時も。
「…ステラのこと、忘れたりはしない。絶対に、絶対に。何があっても」
 微かに、声が震えた。
 グローブを外した指で、ステラの名が刻まれた墓碑銘を、ゆっくりとなぞる。今、自分が告げた言葉を、これから告げる言葉を、深く噛み締めるように。
 空色の瞳を伏せ、もう一度目を開けると。
「でも、今はシャーリィと生きて行きたい」
 今度は、震えぬ声で。ひたと墓碑を見据えた空色の瞳が、闇の中で優しい光を湛える。
「…ステラに託されたからじゃなくて、今度は俺の意思でそう思うんだ。シャーリィを取り戻したい。また、一緒に生きて行きたいって」
 一度は拒んだシャーリィの手。一生懸命勇気を集めて、必死に告げてくれただろう言葉を、自分はあっさり突っぱねた。
 ステラを一人にしたくない。これも確かに本音だ。あんなに大切だったステラを不幸にし続けた3年間を、後悔してもしきれなかった。どうにかして、彼女の3年間を埋めてあげたかった。だが、それと同時に、メルネスとして生きると決めたシャーリィを引き止める方法など、思いつかなくて。自分は水の民ではない。水の民全員の期待を、シャーリィに裏切らせて、それでも彼女と生きたいなどと、どうして言えよう。
 それだったら、初めから望まない方が良い。




「まだ、間に合うかな」
 水の民の里で、シャーリィが告げた言葉への返事。遠回りをし過ぎたけれど、今なら、二心ない本当の気持ちを返せるから。
 苦笑しながら、少し不安げに呟くと、ふわりとそよ風が頬を撫でた。まるで、ステラが腕を伸ばして触れたように。銀髪が後ろに揺れて、セネルは少し目を見開く。
 ステラの優しい指が、目尻からすうっと下に滑り、顎までを伝う。瞳を閉じれば、瞼の内側にはっきり浮かび上がるブロンド。シャーリィと似ている、でも彼女より気の強そうな海の色の瞳。穏やかな笑顔を浮かべた彼女は、セネルを見つめ、大きく、深く頷いた。
 当たり前でしょ、とばかりに。




 瞳を開いて、再び墓碑に向き合うと、そこにはもう彼女の姿はない。濡れた頬に手を伸ばし、暖かい涙をそっと拭う。
 たとえ幻だって、もう一度君に会えて嬉しかった。
 昔と、同じ笑顔の君に。
「…次は、シャーリィと二人で来るよ」
 帰って来れたと、真っ先に君に報告する。
「その次は、皆と一緒に来るよ」
 自分とシャーリィの、大切な仲間達。きちんとした形で、もう一度、君にも紹介したい。





 ゆっくりと腰を上げ、セネルは墓碑の前に立つ。最後にもう一度、冷たい石をそっとなぞり。見上げた天に浮かんだ月は、大きく、真ん丸で、ステラのテルクェスと同じ、柔らかい山吹色だった。
「じゃあ、言ってくる」
 日に焼けた顔に、穏やかな――本当に穏やかな表情を浮かべると、セネルはいつもと変わらぬ明朗な声で、ステラに告げる。
 踵を返し、すたすたと歩み去る背中に、月の光が降り注ぐ。





 セネルの去った後の墓地。
 眩い山吹色の光が刹那瞬いて、星の輝く空に吸い込まれていった。








ビバ!決戦前夜!Part2!(笑)
これもゲームしてすぐに浮かんだネタですv

宴会に集合するまでのセネ太郎です。
ステラとセネ太郎とシャーリィの関係を書いてみたくて、こうなりました。
というか、爽やかセネセネを書きたかったのかな(笑)
今度は幼少の三人とかも書いてみたいですね。年下末っ子シャーリィを愛でつつ、仲良しセネステでいいと思います!(握り拳)

今度こそ、今度こそ、シャーリィの出て来るセネシャリをアップしたい…!!(笑)
2005.9.25