Smile on





「どうじゃあ、ワイが、一番、じゃあ…」


 回らぬ舌で宣言すると、真っ赤な髪の山賊は、気持ち良く後ろに倒れ込んだ。




 どんがらがっしゃん。
 椅子や皿などを巻き込みながら、床に消えたモーゼスの方へ二対の冷めた視線が投げられる。
「なーにが、ワイが一番じゃあ、だか。まだまだ甘いね、モーすけ」
 平然とした顔で、大ぶりのタンブラーを持ったノーマが、鳶色の瞳をランプの明かりに輝かせれば。
「大したことはないな」
 丸テーブルの向こう側、ノーマの真向かいで、同じくタンブラーを持ち上げていたウィルが、中の麦酒を一気にあおった。
 決戦前夜。ノーマの発案で宴会をすることになった一行は、宿屋の地下の酒場に腰を落ち着けた。丸テーブルを2個並べ、6人で囲む。小さな酒場だから、それで半分以上を占領してしまう。ウィルさんだからね、とマスターが、今日は特別に貸し切りにしてくれた。まだ時間は夜半前。たった6人の客のためにピアノを弾いてくれていたピアノ弾きも、今は二人専用だ。
 耳に心地好い4拍子が、空気を盛り上げる。こんな時間に、このムード。大抵の男女なら、この甘い雰囲気に飲まれていともあっさりとカップルが出来上がってしまいそうだが、当然ながらこの二人にそんな展開が起こるはずもない。
 あまりにも、いつもと変わらない二人だった。
「しっかし、ウィルっちは乱れないね〜。あたし、ちょっと楽しみにしてたんだけどな」
 ウィルっちが酔うの。と、ノーマがからからと笑う。かく言う彼女も、相当飲んでいるはずだ。だが、ランプの仄明るい光の下で見る限り、彼女の顔色にまったくもって変化はなかった。
「そう言うお前もな。…このうわばみが」
 苦虫を噛み潰したような顔で、ウィルはぼやいた。自分が16の時に比べて、ノーマときたら。今時の若い者は、と思ってしまうウィル・レイナード。着実にオヤジの階段を上っている。
「皆が弱すぎるだけだって」
 うわばみ、は聞かなかったことにして、ノーマは周りを見回した。
 さっき酔いつぶれたモーゼスはウィルの左側。仰向けに倒れて、グーすかいびきをかいている。丸テーブルで向かい合う、ウィルとノーマの間には銀髪のセネルが突っ伏している。余程疲れていたのか、酒が入りすぎたか。微かな寝息を漏らして爆睡している。ノーマの右側はクロエだ。邪魔な帽子を脱ぎ捨て、右隣のグリューネとくっつくようにして、寝入っている。時たま、うにゃうにゃと寝言を吐き出しつつ、ちらりと幸せそうな寝顔をのぞかせる。
 テーブルの上は、空の皿やジョッキ、タンブラーでいっぱい。普段のウィルだったら、厳しい一喝が飛んでもおかしくないものだが、流石にこんな場合でそう言うつもりはないらしい。夕方過ぎから始めた宴会、とうとう残るはウィルとノーマのみ。
「あ、でもグー姉さんは絶対に酒好きだな。平気な顔してガバガバいってたもん」
「グリューネさんは、ある意味時間にだけは正確だからな」
 驚くほど正確に、いつもの就寝時間になったら眠ってしまったグリューネ。これももはや、神の所業か。起床時間、就寝時間、食事の時間。グリューネは、ほえほえの外見に反して、そういうところだけは異様に正確だった。ある意味、本能のまま、と言うのかも知れない。
 クロエにくっつくように眠るグリューネを見て、ノーマはふわりと笑った。
 残ったおつまみのナッツを口に運びながら、ウィルが壁掛け時計に目をやる。ちょうど、日付をまたぐ頃だ。
「そろそろ、お開きにするとするか」
「ええ〜っ!? まだ早いよ! 夜もお酒もこれからだって言うのに!」
「ノーマ、明日が大事な日だということを忘れていないか?」
 説教モードの片鱗をちらりと覗かせ、ウィルは低い声で言った。一方、そういう諭され方には慣れっこのノーマは頬を膨らませて、バシンと机を叩く。
「どっちかがつぶれるまで、飲み比べしようと思ってたのにっ!」
「…言っておくが、俺とお前では、朝まで飲んでも決着はつかんぞ」
 テーブルを叩く音にも、まったく身じろぎしない仲間達の中、うわばみの少女と大酒飲みのオヤジとは、火花を散らして睨み合う。
「駄目だ」
 あくまで、オヤジは取り合わない。ひらりと右手を振り、タンブラーの中に残った酒を含む。
「むきー。頑固オヤジ」
「しゃぼん娘に言われる筋合いはないぞ」
 ふんっ、と顔を背けて舌を出すノーマに。ウィルは苦笑して眉をひそめると、太い腕を組んだ。ジョッキに残った最後の麦酒を自分のタンブラーに注いで、ノーマはヤケとばかりに酒を飲み干した。残すのは勿体無いし、ウィルもそれは止めなかった。




 天井から吊り下げられたランプの焔がちろちろ揺れる。スローなテンポの音楽が耳に優しい。旅では滅多に出来ない豪勢な食事に、たっぷりのお酒。安心出来る雰囲気。やっぱり、疲れている時にこそ、こういう時間は必要だ。
「…いつも、すまないな」
 ぼんやりと音楽に聞き入っていたノーマは、するりと飛び込んできた言葉を、何気なく聞き取った。が、それを脳内で理解した瞬間、弾かれるように顔を上げる。
「…はい?」
 素っ頓狂な返事に、ウィルの作った真面目くさった表情が崩れる。
「宴会とは、流石の俺も思わなかったが」
 口許を大きな手で隠しながら、そっぽを向いて何気ない顔を装うと、ノーマはにやりと悪戯っぽく笑った。
「ウィルっち〜。お礼ならはっきり言おうよ」
「俺が素直に、礼を言ってやる奴に思えるか?」
「…全然」
 撫然と答えるノーマに、軽やかな笑いを送って。ウィルは再び穏やかな表情になった。
「水晶の森で、お前に会えて良かったよ」
 その顔に浮かんでいるのは、普段は滅多に見られない優しい表情でウィルが言う。橙色のランプの明かりが、よく日に焼けた彼の顔を暖かい色に染めて。細められたこげ茶の瞳が、あまりにも優しかった。
 不意打ちの表情に、ノーマはつられてその顔を追う。が、すぐにはっと我に返って、両頬を挟んで嘆いた。
「…うぁー。今、ちょっとだけウィルっちの奥さんの気持ちがわかっちゃったかも…」
「ん?」
「あ、いや何でもない」
 崩れたポーカーフェイスを作り直し、ノーマはにへらと笑った。それほど意識していなくても、望む表情を作ることは容易い。
「まあでも、そうだよねー。水晶の森で、あのクモに追われてなきゃ、今ここにはいないもん」
 んーっ、と伸びをして、ノーマはさばさばと言う。真面目な顔を、穏やかな顔に半分混ぜてウィルは続けた。
「後悔してるか? セネルとシャーリィに会ったこと」
「…答えなんて、聞かなくったって知ってるっしょ?」
 人を引き付ける眩い笑顔で、ノーマはにやりと口の端を引く。こんなことを思うようになるなんて、まったくもって自分らしくない。けれど、今ここにいることを悔やみはしない。笑いながらノーマは、隣のクロエの、ワインの残ったグラスを奪い取って、ゆらゆら揺らす。




 一方、ノーマの晴れやかな表情を見たウィルは、ゆっくりと切り出した。
「なぁ、ノーマ」
「ん?何よ?」
 あぶった魚をくわえながら答えるノーマ。
「遺書は書いてきたか」
「へ?」
 口から飛び出した魚のしっぼを危うく落としそうになって、ウィルを見つめ返す。そんな彼は、タンブラーを構えながら、物凄くイイ笑顔を輝かせていた。
「どしたのウィルっち」
「いいから。書いて来たのか」
「か、書いたよ。それがどーしたの?」
「俺も書いてきた」
 ひどく真剣で、同時に今にも吹き出しそうに。ウィルはノーマを見つめた。その、年よりずっとやんちゃな色に、ノーマにもウィルの意図がわかった。にや、と唇の端を引く。
 だん、と陶器のタンブラーを机の上にたたきつける。
「…死ぬ間際になって、勝敗が気になっちゃって、成仏出来なかったらヤだよね」
「ああ。ウェルテスの酒場の怪、だな」
 うわばみの少女と、大酒飲みのオヤジは、不敵な笑みをにやりと交わした。
「負けた方は?」
「明日の朝、皆の介抱をするってことでどう?」
 打ち上げられた魚のように、あちこちに転がった仲間達を指差してノーマが胸を張る。
「よし、そうしよう」
 ウィルも続いて立ち上がり、椅子にしっかりと座り直す。
「おっけーっ!マスター!じゃーんじゃん追加してっ!」
 うわばみと大酒飲みの対決。しかも、本気で酔い潰れるまでの真剣勝負。
 果たして決着はつくのかどうか。
 あれだけ飲んでも底の知れない二人の酒飲みは、夜が更けきって東の空が白むまで、浮かれた様子で杯を交わし続けた。






「…お前ら、バケモノだろ」
 翌朝。三々五々灯台に集合した一行の姿は、見事に二分化されていた。
 昨晩はたっぷり食べて飲んで、加えて睡眠時間もしっかり。健康優良児のグリューネが、いつも通りのほえほえした笑顔で、機関車の装甲を撫でているかと思えば、その脇の方ではモーゼスがどんよりと肩を落としている。
 顔色の悪いクロエを引きずるようにスキップしながら機関車に乗り込むノーマを眺めつつ、ぽつり、とセネルが絞り出した。
「どうして、そんなに元気なんだ…」
 朝方、ノーマとウィルに叩き起こされ、ブレスで回復してもらったものの、まだ何となく頭が痛い。体の疲れはとれたが、二日酔いなのは間違いなかった。ノーマに引きずられているクロエも、グリューネにほえほえ心配されているモーゼスも、状況はあんまり変わらないらしい。ごうんごうん、と唸る機関車に乗り込みつつ、ジェイがひょいっと肩をすくめる。
「まったく、二日酔いとは情けないですねぇ、モーゼスさん」
「なんか言うたか、ジェー坊」
 返答にいつもの元気はないものの、凄みだけは増しているモーゼスが、唸りながら立ち上がった。
「いえ、普段から大口叩いてる割に、大したことないなぁ、と」
 思いっきりしかめっ面のモーゼスを横目にして、口の減らない少年はにっこりと顔を綻ばせた。余裕の笑顔に、モーゼスのこめかみに青筋が張り付く。モーゼスに突っ込むことに使命感すら燃やしているようなジェイだが、そうしているときの自分がいかに生き生きしているかということは、幸運にも知らない。
「なんじゃと!?」
「いいからさっさと乗らんか、馬鹿者ども」
 低い言葉と同時に、機関車のタラップに足を掛けていたジェイの頭にウィルが鉄拳を降らす。
「いっ」
 いつものように頂頭部を叩かれ、ジェイはその場にうずくまった。容赦のない一撃に、目の中に星が飛ぶ。
「何で僕だけ…」
 ぶちぶち文句を言いながら機関車の中に消えるジェイの後を、ほてほてとマイペースのグリューネが長いヴェール揺らして続く。ぎろりとウィルに睨まれたモーゼスが、首をすくめながら、心配顔のギートを連れて機関車に乗り込む。





 最後に残ったセネルが、ふらつく頭を振り払いながらタラップに足を掛けると。
 目前に、大きな手がぬっと差し出された。
「さあ、行くか」
 シャーリィと。大切な仲間と、共にここに帰って来る為に。
 セネルは、一つ深く頷くと、ウィルの大きな手を躊躇なく掴み返し、ひらりと機関車に飛び乗った。








ビバ!決戦前夜!(笑)
ゲームしてすぐに浮かんだネタでした。

個人的に、ウィルっちとノーマさんは絶っっ対お酒に強いと思うんですよね(笑)
モーすけは一応人並以上。セネセネとシャーリィ、ジェー坊は人並、クロエ様は弱め。グー姉さんは測定不可(笑)
メインシナリオEDの、宴会の絵、最高に大好きでしたv

今度こそは、ゼヒにともセネシャリをアップしたい…!(笑)
2005.9.22