final your song





 いつだったか、セネルが話したことがある。
 シャーリィが初めて託宣の儀式に望んで、失敗してしまった時のこと。
 その時に、あの、普段から「肝に太い毛の生えてるような性格」のステラが、取り乱すのを見たのだ、と。
 そして、後にも先にも、ステラのそんな姿を見たのは、その時きりだった、と。






 火照った額に、ひやっと冷たいものが載せられた感触で、シャーリィの意識は現実に引き戻された。
 霞がかった視界が、ゆっくりと晴れていく。頭の芯がずんずんと鈍く痛む。夢現のまま、ぼんやりと視界に映るものを眺めていると、その鳶色がくすっと苦笑いをした。
「なーにをそんなにじっと見てるんだ」
「………クロエ?」
 普通に声を出したつもりだったが、それはあまりにも弱々しく、微かにしか響かなかった。
 蚊の鳴くような声で名を呼ばれたクロエは、ベッドサイドに腰掛け、シャーリィを覗き込むように乗り出しながら、汗で頬に張り付いた蜂蜜色の髪を払ってやっている。ひやりと冷たい指がわずかに頬に触れ、熱い身体に心地良い。
「まったく、体調が悪いんだったら、無理はするな。肝が冷えたぞ」
 小さな子供をたしなめる様に優しく叱ると、シャーリィはひょこっと首をすくめる。
「ごめんなさい」
 布団にさらに埋もれるように、上掛けを引っ張って、ぽつりと呟く。
 ことの起こりは、いつものように8人揃って魔物退治に出掛けた後、ウェルテスに帰って来た途端のことだった。一歩街に入るなり、シャーリィが倒れたのだ。慌てふためいて助け起こしてみれば、明らかに彼女はオーバーヒート。7人は大慌てで近場のセネルの家にシャーリィを運び、医師に出張して診察してもらい、オルコットが調合した薬を飲ませて、今に至る。
「ただの風邪だそうだ。あったかくしてゆっくり休めば、すぐに良くなるって」
「…うん」
「3日間外出禁止令を出す、ベッドに縛り付けておいたほうがいい、ってオルコット殿が言ってたぞ」
 シャーリィの額に載っている、生温くなった濡れ布巾を取って、洗面器の中に浸す。ほんの僅かに、鼻歌混じりで手を動かすクロエの横顔を見ながら、シャーリィはぽつりと呟いた。
「ねえ、クロエ……」
「うん?」
「…さっきも、クロエが布巾変えてくれたり、おでこに触ってくれたり、してた…?」
 熱で潤んだ海色の目は真剣そのもので、クロエは訝しがりながらも、首を縦に振る。
 その答えを聞いて、シャーリィはどうやら安心したらしい。
「そっかぁ……」
 呟いて、枕の中に沈み込む。
「…それが、どうかしたのか?」
 布巾を緩く絞って、もう一度シャーリィの額に載せる。ひやりと冷たい布の温度が心地良くて、シャーリィは思わず瞳を細めると。
「…あのね、怒らないでね」
「は?」
「…夢を見たの。小さい頃、私がこんな風に熱を出した時、お姉ちゃんが一晩中枕元にいて、看病してくれてた夢。
 私、クロエの手を、お姉ちゃんの手と間違えちゃったみたい…」
 そう言って、シャーリィはくすぐったそうな笑みを浮かべた。
 一瞬、赤いシャーリィの顔をまじまじと見つめたクロエは、ふわりと笑顔を零し、シャーリィの頬を両手で包み込んだ。そして、悪戯っぽく口を尖らせながら言う。
「どうして、私が怒るなんて思ったんだ?」
「だって、誰かと間違えられるなんて、嬉しくないでしょ?それに、よりによってお姉ちゃんだよ?」
 クロエがちっとも怒っていないのに気付いて、シャーリィはあたふたしながら、熱で回らない舌を必死に動かしてクロエを見上げる。その必死さが堪らなく可愛くて、クロエはにやにや笑いながら、白い頬をうにうにとつつく。
「聞きましたか、ステラさん。シャーリィのこの言い草。『よりによってお姉ちゃん』、だそうですよ?」
 まったくもう、シャーリィってば。ひどいわ。お姉ちゃん、シャーリィのこと、こんなに大好きなのに。
 そんな、茶目っ気たっぷりの姉の声が聞こえてきそうで、シャーリィはますます慌ててしまう。ただでさえ、赤い頬がさらに紅潮してきて、クロエはぷっと吹き出しながら、年下の少女を宥めにかかった。
「嘘、嘘。冗談だよ」
「クロエは冗談でも、お姉ちゃんなら悪ノリしそうだもん…」
 顔まで布団を引っ張り上げ、シャーリィはぼやいた。そう、あの爆裂お姉さまは、そういう人だった。
 額の上からずれ落ちた布巾をきちんと乗せ直し、クロエは改まった口調で、目と鼻だけ覗かせているシャーリィに笑いかけた。
「彼女に間違えられるなら、まあ、悪くないよ」
「…ほんと?」
「嘘を言ってどうするんだ。シャーリィにはすぐバレるのに」
 隠し事の苦手なクロエに、細かいところに気がつくシャーリィ。軍配がどちらに上がるのか、など一目瞭然である。
「でも、どうして?」
 嫌じゃないの、とシャーリィの顔に疑問が浮かぶ。
「シャーリィとクーリッジが、こんなに好きで好きで堪らない人が、悪い人な訳ないだろう?」
 もう一度、シャーリィの頬を指の背で撫ぜ、クロエは鳶色の瞳を閃かせて微笑んだ。
 それに。
「…うん。ありがと、クロエ」
 クロエの満面の笑顔が伝染して、シャーリィも熱に浮かされたまま、ぱあっと顔を綻ばせた。
「じゃあ、わかったら、もうしばらく寝てた方が良い。たいしたことないとは言え、治った訳じゃないんだから」
「うん。…おやすみ、クロエ」
「ああ。おやすみ、シャーリィ」
 言うなり、シャーリィは浅い息と共に、吸い込まれるように眠りに落ちた。
 こてん、と寝入ってしまったシャーリィを見ながら、クロエは苦笑して額の布を洗面器に放り込んだ。
 汗を浮かべた寝顔は、息は荒いが苦しそうではない。たいしたことがない、というのは嘘ではないようだ。
 布巾をしっかり絞って、シャーリィの顔の汗をぬぐってやりながら、ふっと瞳を細める。
 ステラと間違えられたのは、別段怒ることではない。
 それよりもむしろ。
「…私のこと、少しは姉のように思ってくれてるってわかって、嬉しかったよ」
 呟いた言葉は本当に弾んでいて、クロエはうきうきした気分のまま、一晩シャーリィの看病にあたったのだった。









 後日、シャーリィに向かって、ノーマがしみじみと語った。
「いやー、リッちゃんが倒れた時のクーの反応、マジですごかったよ?めちゃめちゃ血相変えてさ。あたふたして、青くなってるセネセネぶっ飛ばして、駆け寄ってさー。さらに、リッちゃん抱き起こした時の顔、見た見た?!クー本人が死にそうな顔してたもん。
 ぶっちゃけた話、あたし、あん時ばっかりは、セネセネに同情したね」、…と。













 相も変わらず、ひたすらシャーリィが愛されてるお話(笑)
 元々、シャーリィ風邪ネタはセネシャリで考えていましたが話がちっともまとまらず、諦めかけていた頃に、「クロシャリで書けばいけるじゃん!」と落ち着いたもの(笑)
 あなた、どれだけクロシャリ好きなんですか、というツッコミはナシの方向で(にっこり)


 シャーリィの中での、セネル・クロエ・ステラの割合は、2:4:4くらいなんじゃないかと思う今日この頃。

2006.10.26