「おっそいわねー…」
 顔を上げると、空には星が瞬いていた。冬の陽は暮れるのが早いけれど、それにしたってもうすっかり夜だ。両手が完全にかじかんでいる。吹き掛けた息が、真っ白に凍った。
「どこほっつき歩いてるのよ…」


 じっと街の方に目をこらしても、待ち人の姿は見えなかった。冬の張り詰めた空気の中に浮かぶ街の灯と背後の暖かい家を恨めしげに見比べたが、そこから動きはしなかった。
 そうやっていて、しばらく経った頃だろうか。扉の隙間から、少年の頭がひょっこり覗いた。
「ルーティさん?何してるの?」
「わっ、ロニ!びっくりした〜」
 孤児達の最年長、年の割には大人びたロニが、いつまでたっても戻って来ないルーティを心配して様子を見に来たのだった。隣に立つと、彼は心配そうに呟いた。
「スタンさん、帰って来ないですね…」
「は?」
 ロニは、驚くルーティににっこり笑いかける。
 ルーティは一瞬目を見開いたが、次にはその目を細めてロニの頭を撫でた。
「あんたが心配することじゃないわよ。そのうち帰って来るでしょ」
「でもルーティさん…」
 なおもロニ少年は食い下がった。だが、彼がそう言う理由もわかる。ルーティ自身、そのためにこんなところで彼の心配をしていたのだから。
 週に三回、スタンは夕方に街の道具屋の手伝いをしていた。高齢の道具屋夫婦に代わって力仕事をするだけの安い仕事だが、ジリ貧の孤児院にとってはそれさえ貴重な収入だ。昼間の仕事の後にまた仕事ではスタンに悪いと思いつつも、収入をわずかでも減らさないことが肝要な今日この頃。夕方に出掛けるスタンの背を見送るルーティの気持ちは重い。
 子供達が、スタンの夕方の仕事など知らない中、ロニ少年だけはそれに感づいていた。他の子よりも年上であるし、よく目も配れる。彼はスタンやルーティにとっても、有り難い、なくてはならない養い子だった。
「何よ、ルーティ母さんに口答えするつもり?」
 ロニの頭をぐりぐりっと撫でると、ルーティは笑顔を浮かべた。
(いけないいけない。母親代わりのあたしが不安な顔しちゃいけないわね)
 遅いと言っても、いつもの時間より一時間ほど遅いに過ぎない。たったそれくらいでも遅れる日が今まではなかったのもあって、つい取り乱してしまったが、思い返せば少し恥ずかしい。
「さぁ、中に戻りましょ?チビッコどもをお風呂に入れなくちゃ。手伝ってくれるわね?」
「勿論!」
 元気に答えるロニに、ルーティはにっこり笑い掛けた。ロニの肩を掴んでぐるりと扉の方に向き直る。
 扉を開けると、室内はむっと暖かい。暖房費の節約のため、孤児院のみんなはいつもこの広間に集まっている。食事を済ませたばかりの子供達は、一様にとろんする目をこすっていた。
 ロニを先に入れ、ルーティはつい後ろを振り返った。夜目にも鮮やかな金色の髪の青年がひょっこり姿を現すよう願いながら。



 果たして。
 丘の下手にあるクレスタの方から、背の高い人間が歩いて来るのが見えた。真っ暗な道の上、道標のランタンのように鮮やかな金色の頭。
「…ロニ、すぐに行くから先に支度してて」
 丘の向こうをじっと睨んだまま、ルーティはロニの背を室内に押し込んだ。不思議そうな顔の少年の鼻の先で、扉をぴしゃりと閉める。
 段々と、金色の頭が近付いて来る。調子っぱずれの歌をシャウトしながら、大股で意気揚々と。
(…あたしは散々心配したのにっ!)
 何もなかったことを喜ぶよりも、頭に来た。弾んだ足取りでやって来る旦那を、これ以上ないぐらい鋭く尖った目で見つめる。そんなルーティの視線にはまったく気付かないスタンは、のこのこと孤児院の前まで戻って来た。
「…遅かったじゃないの」
 4、5メートルの距離まで来ているのに、まったく気付いてくれないスタンに業を煮やし、ルーティが低い声で言った。
「ルーティ!?待っててくれたのか?」
 建物の陰で、ルーティの姿はすっかり闇に溶け込んでいたのだろう。スタンは純粋に驚いた声を上げた。
「遅くなるんなら一言言って行きなさいよ!」
「ご、ごめん!そんなに遅くなるつもりじゃなかったんだ」
「じゃあどうなるつもりだったのよ!」
 たちまちルーティの口調が荒くなる。八つ当たりだと頭ではわかっているのに、いじっぱりが災いしてつい声を上げてしまう。
 スタンは苦笑いし、さらに腰を低くして謝った。
「ごめん、本当にごめん!お詫びと言う訳じゃないけど。はい、これ」
 がばりと頭を上げると、スタンはルーティの手を掴み、その掌に手のひら大の包みを載せた。
「え?」
 思いも寄らない展開に、ルーティは二の句が告げなくなる。両手の上に鎮座する、薄紅色の包みとスタンの顔を交互に見比べる。満面の笑顔で、スタンは続けた。
「プレゼント。頑張ってる人に」
「プレゼント…?」
「開けてみてよ」
 言われるままに、呆然としながら包みを開ける。薄紅色の不織布の下から、可愛い赤い箱が顔を覗かせた。恐る恐る蓋を取ると、ふわりと甘い香りが鼻をくすぐる。
「…チョコレート?」
「うん。ルーティ、いつも贅沢しないからさ。たまには、と思って」
「これ買ってて遅くなったの?」
「いや、今日に限って帰る間際に色々頼まれちゃってさ…。本当にごめん!」
 両手を合わせて、スタンはさらに申し訳なさそうに叫んだ。


 かあっと、頬が熱くなる。夜の空気で冷えきった頬は、今度は痒いくらいに火照ってきた。宵闇の中で顔が見えないだろう事を切実に願いつつ、ルーティはわざとぶっきらぼうに呟いた。
「べ、別にそれはいいけど…。これじゃ皆で分けられないわね…」
「ルーティ、そう言ってくれるのは嬉しいけどさ。これはルーティへのプレゼントだよ」
 珍しく強い口調になるスタンに、ルーティは唖然と言葉を返した。
「あ、ありがと…」
「うん♪じゃ、俺、風呂の様子見て来る。沸かしてくれてる?」
「あ、うん…」
「よし、じゃ見て来る」
 孤児院のお風呂は、敷地内の物置を改造して作られている。くるりと振り返り、大股で歩み去る背を、胸の中に何か小骨でも引っ掛かったような気持ちで視線が追う。


 自分の気持ちと体面とがせめぎあうと、大抵いつもは、体面が勝ってしまう。
 自分らしくないことは出来ない。頭がそう結論を下してしまうから。
 そして、言わなくても彼はわかってくれる。そんな甘えもあって。
 でも、今は。
 考えるより先に、口が動いた。


「スタンー!」
 大声でスタンを呼び止める。きょとんとした顔が振り向いて、闇の中にうっすらと浮かび上
がった。
「ありがとう!」
 右手をぐっと突き出し、親指を上げる。
 瞬間、弾けるように表情が顔いっぱいに広がるのが見えた。スタンも、両手を頭上でぶんぶんと振って応えた。
「どういたしましてー!」

 
「…たまにはいいわよね」
 ちょっと贅沢なチョコレートも。
 こんな風に素直な自分も。

 甘い包みを大事に抱きかかえると、ルーティは軽い足取りで孤児院の戸をくぐった。









 5000Hitを踏んで下さった、伝うたさまに差し上げたスタルーですv
 長々とお待たせしてすみませんでした!(滝汗)
 一体、リクをお受けしたのは何時なんだ、私…!
 返品、書き直し等、いつでも受け付けます!遠慮なく仰って下さい〜!

 欧米とかでは、バレンタインに贈り物をするのは女性だけではないのですよね?確か。
 ルーティさんが素直にチョコをあげるとは思えませんしね(笑)

 頑張っているアナタへ、うたさまv
 リクエストありがとうございました!
2005.2.12