永遠を駆け抜ける一瞬の僕ら





 私は、やっぱり甘かったのかな。



 久し振りにお前に会って、私はどんな顔をしてた?
 自分ではまったく意識していなかったが、きっと、今にも泣きそうだったんじゃないか。
 だって、私の顔見た時のお前の顔…。
 知ってるか?お前も、泣きそうな顔するんだぞ。
 眉しかめて、口、への字にして。
 …私が泣いてる時は。



 ごめんな。
 言い訳はしたくないけど、自分でもよくわからない。
 あの時の私が、何をしたかったのか。
 弱音を吐きたかったのか。よく頑張ったと言って欲しかったのか。
 これからは、傍にいると、言って欲しかったのだろうか?



 …いや、何も考えてなかったんだろうな。
 ただただ、お前に会いたい、それしか考えてなくって。


 だから、思ってもみなかった。
 あんな風に、突っぱねられるなんて。


 だから、また落ち込んでしまった。




 なぁ、でも。アスラン。
 多分、私はもう気付いていたんだ。
 私は、この子供じみた独占欲を、本当の意味で卒業しなければいけないこと。
 本当に選びたいものは何かということ。
 そして、この気持ちに、片を付けなければならないこと。




 これは、もう少し預かってて良いかな。
 どんなに心を決めても、それでもやっぱり私は、お前の気持ちを捨てたくないから。
 いつかお前に会って、いっぱいいっぱいありがとうって言って、気持ちと一緒に、直接返す時まで。



 いつも、わがまま言って、振り回してごめんな。
 でも、その時まで。
 大事に、大事に、持ってるから。






「…聞いてる?カガリ?」
 ぼんやりした思考の中に、ぽとりと聞き慣れた声が降って来て、カガリはふっと顔を上げた。
 顔を上げると、たちまち頭と視界の靄が消えて、目の前に心配そうな顔が二つ浮かび上がる。
 ぼんやりした頭を軽く振って、カガリが呟く。
「……ああ、何だ?」
「何だじゃないわよ。ぼーっとして。…大丈夫?」
 瞬きしたカガリの目に飛び込んでくるのは、春の空のような明るいブルーの瞳。そして、そこに浮かんだ心配そうな色だ。気遣わしげな二つの顔の一つ、少し赤めの亜麻色の髪のミリアリアが、カガリの気持ちの一番下まで見透かすように、ブラウンの瞳を覗き込んだ。
「大丈夫。すまない、少しぼーっとしてしまっただけだ」
 慌てて、カガリは今まで格闘していたじゃがいもの皮をむく作業に戻った。頼りない手つきで、せっせと皮をむく。
 今のアークエンジェルで食事作りは当番制だ。大抵の乗組員に均等に回って来る。とは言っても、ほとんどレトルトのメニューになりがちだ。レトルトの食材に加えて、長期保存の可能ないくらかの素材を使って食事を作る。しかも、料理など慣れていない男どもが多い状況なのである。自然、ラクスやミリアリア、カガリが当番に入ることが多くなった。動くに動けず周囲の状況を窺っている今では、艦内の仕事と言っても、これといったものがある訳ではない。正直な話、することがあるだけ有り難いとラクスもミリアリアも思っていた。
 何より、手を動かしている間は、余計なことまで考えずに済む。
「……」
 下手な慰めしか思い付かず、ミリアリアは口をつぐんでちらりと背後を盗み見た。カガリの正面で、同じようにじゃがいもと戦っていたピンク−と一言でいうより彼女の髪は、秋の青空の下のピンク・コスモスか、涼しげなロータス・ピンクに近かった−の髪のラクスと、視線を交わす。透き通ったスカイブルーの瞳を細めて、ラクスはちらりと微笑んだ。ほっとしたようにミリアリアも小さく笑うと、カガリの手を止める。
「ここはあたしとラクスで間に合ってるから、貴方は休んだ方がいいわ」
「いや…、そんな。みんなと同じだけ休みももらってるし、全然疲れてなんかいないぞ」
 むきになって言い返すカガリに、ミリアリアは腰に手を当て胸を張ると、ぴしゃりと宣言した。
「嘘言わない!普段のカガリだったら、そんな情けない顔してないわ」
「…」
「生気が抜け落ちちゃったみたいよ」
「……」
「食欲もないみたいだし。夜も、あんまり寝れてないんでしょ?」
「…うん」
 しぶしぶ、白状する。これ以上黙っていても、どうせ言わされてしまうことだ。
「でしたら、ゆっくりお休みになって下さいな。ここはミリアリアさんとわたくしが居れば大丈夫ですから。もうすぐキラもお手伝いに来てくれますし」
 ふわん、と表情をほぐしてラクスが言う。気の強いミリアリアの視線と、柔らかいラクスの言葉でそう諭されては、もう断ることは出来なかった。包丁と、むきかけのじゃがいもをテーブルに置く。
「ありがとう、二人とも…」
 気落ちした様子のブラウンの瞳が、ふらりと宙を彷徨って、地に落ちた。浮かべた微笑みに、力はまったくない。一連の仕草を見ていたミリアリアとラクスは、同時に思う。
 これは、相当重症だな、と。
 カガリの肩に手を乗せて暗い顔を覗き込むと、カガリはちらりと小さな笑顔を浮かべた。その笑顔の痛々しさに、言葉が引っ込む。
「心配かけてすまない。…言葉に甘えて、少し休ませてもらうな」
「部屋まで送るわ」
 立ち上がったカガリの手を握って、ミリアリアが言う。触れたその指は、さっきまでじゃがいもを剥いていたことを除いても、随分冷え切っていた。だが、カガリは淡く微笑むと、その手をそっと振り解いた。
「病人じゃないんだし、平気」
「ちゃんとお昼寝なさって下さいね」
 どう見ても危なっかしい雰囲気を纏い、カガリは食堂を出て行った。
 カツカツという足音が遠ざかって聞こえなくなった頃、ミリアリアとラクスは、互いのスカイブルーの瞳を見合わせて、嘆息し、力なく笑った。
「…相当だわね」
「ええ…。見ている方が、辛いくらい」
 片時もじっとしていない、鉄砲玉のようなじゃじゃ馬娘だったカガリは、今はもう何処にもいなくなってしまった。多くのものを得た代わりに、多くのものを失った、もう子供ではないカガリ。
 カガリが座っていた椅子に腰掛け、ミリアリアはラクスと向き合う。会話の途中も、ラクスは手を止めない。元々そんなになかったじゃがいもは、既に半分以上が皮を剥かれていた。今日の夕食はジャーマンポテトを手作りするらしい。カガリの残したやりかけを手に取り、ミリアリアも続きを始めた。
「…あたし思うんだけど」
「?」
「あの二人、喧嘩するの、初めてなんじゃない?」
 ミリアリアの呟きに、ラクスは微かに瞳を見開く。
「そうですわね…」
 しゃりしゃりしゃりと、じゃがいもの皮をむく音が静かな食堂に反響する。
 何とかしてやりたい。その気持ちは、ラクスの心にもミリアリアの心にも影を落としている。あれほど明るくて、元気で、ムードメーカーだったカガリが、気落ちしている姿は目も当てられない。それも、脱出の仕方がわからないような、この状況で。彼女に降り掛かる責任と仕事、使命は日を重ねるごとに多くなるばかり。
 それに加えて、クレタ島で久し振りに再会したアスランのあの態度と言葉。それまで、どれだけ彼を心配していたか知れないカガリにとっては、それがどれほどの衝撃だったか。ラクスとミリアリアにも、それは痛いほどにわかった。
 じゃがいもの山がほとんどなくなった頃、食堂にキラがやって来た。
「最近よく思うけど…。調子狂うね」
 開口一番、キラは困ったように苦笑した。
「廊下でカガリに会ったんだけど、彼女、最初になんて言ったと思う?」
 ミリアリアは肩をすくめ、ラクスはスカイブルーの瞳を細めた。二人とも口にせずとも答えは簡単に想像がついていた。
「僕の顔見るなり真っ先に、『すまないな』って…。あんな、泣きそうな顔して」
 ラクスの隣の椅子に腰を下ろし、両手を組んでキラは呟く。遠くを見つめるキラの瞳は、いつもよりずっと深い紫だ。
「本当…、調子狂う」
 三人はそれぞれの顔を見合わせて、苦々しい表情を確かめ合った。何とかしてやりたい気持ちは強いものの、何が出来ると問われたら答えようがない。ジレンマばかりが溜まっていく。
 最後のじゃがいもをボウルに落とし、ラクスがぽつりと呟いた。
「初めての喧嘩…」
「初めての喧嘩?」
「ええ。ミリアリアさんが、カガリさんとアスランのことをそう仰って」
 いぶかしげなキラの視線を受けて、ミリアリアは苦笑した。まな板とじゃがいもの皮を持って、キッチンの中まで運ぶ。ダストボックスにじゃがいもの皮を放り込んで手を洗うと、ふっと立ち止まった。
「一度派手に喧嘩すれば、お互いに謝り方とか、わかると思うの。引き際とかも。でも、あの二人、そんな喧嘩、したことないんじゃない?」
「そうだね…。ちょっとした喧嘩なら、しょっちゅうしてたみたいだけど…」
「完全にこじれたことはなさそうですわね」
「うん…。こじれたからいい、ってものでもないとは思うけど。きっと、カガリもアスランも、どうやったら元のように戻れるのか、そのやり方がわからないんだわ」
 気持ちを口にすればするほど遠ざかって、でも、口を閉ざせば繋がりは消える。元の場所に戻りたくて手を伸ばすのに、指の先に目指す姿はない。
 見慣れた姿が立っているのは互いの背中。隣に居たいと望んでいるのに、互いに気付かぬ気持ちの後ろ。
 「平和」とか「幸せ」なんて曖昧なもので、皆がそれを望んでいるのに、その姿は一つではない。人それぞれの平和に、人それぞれの幸せ。だが、カガリもアスランも、見ていたものは同じだったはずなのに。
 何故、こうも擦れ違ってしまうのだろう。
 久し振りに会った親友の姿と、彼の言葉を思い出し、キラは溜め息を零した。
「アスランの言ってることも、わからないでもないんだ。議長は、揺るぎないから。平和に暮らすために、何をすればいいのかわからない僕達とは違って、彼は彼の役割と、そのために僕らが何をすればいいのか、明確な答えを持ってるから」
「そうねぇ…。彼が何を考えてるのか、それが良いことなのか悪いことなのかは別として、相当な人物であることは確かね」
 冷凍庫の中を物色しつつ、ミリアリアがしみじみと呟いた。
「記者仲間に聞いた話だけど、あの人、申し込まれた取材は、絶対に断らないらしいわよ」
 ミリアリアの言葉に、じゃがいもの入ったボウルを持ってキッチンに入って来たラクスが、青い瞳を驚きでくるりと回した。
「それって…」
「相当な自信がないと無理よ。まぁ、五分とか十分とか、そういう取材時間になっちゃうみたいだけどね。聞かれた言葉には、必ず意思を返す…。
 少なくとも彼は、確信犯か、謀略を隠し通せるだけの自信がある人間…ってことよ」
「…そう、ですの」
「実際これまでの彼の表面上の行動は、褒められるところはあっても、けなされるところはないっていうのが、世間一般の認識でしょう」
「でも」
 両手を上げてお手上げポーズをしたミリアリアを横目で捉えて、キラは組んだ拳を、ぎりり、と握り締めた。
「彼はラクスを狙って、もう一人のラクスを生んだ…」
「…そう。ま、そこのところの彼の真意をはっきりさせない分には、話を進めようがないわ」
 ぴり、と尖った空気が走る。こと、その話題に関しては、キラが怒り心頭に達していることは間違いなかった。触らぬ神に崇りなし。ミリアリアは肩をすくめて話を打ち切った。
 そんなキラの言葉の刺を柔らかく溶かすように、ラクスが穏やかに零す。
「アスランに、もう少し融通があれば良かったのですけれどね」
 どうせザフトに戻るのなら、内部をスパイしてやる、くらいの男気が欲しい。
 頬に手を当てて溜め息を吐くラクスに、少しだけ場が和んだ。零した笑みは微かに、でも頷きは大きく。ミリアリアもキラも同じ反応を返した。
 ラクスがほぐしてくれた場の空気に便乗して、キラがそれまでの緊張を吹き飛ばすように明るく言った。
「アスランには無理だね。クソまじめだから。昔っから、課題を遅れて出したこともないし」
「それはアスランがどうこう言う前に、キラがそういうとこいい加減すぎるだけだと思うわよ」
 ミリアリアの呆れ声に、キラは小さく首をすくめる。工業カレッジの同級生だったミリアリアは、キラの性格くらいとっくに知り尽くしていた。
「まぁ、とにかく」
 慌てて、キラは話題を戻した。ラクスの前で、これ以上けなされるのも嬉しくはない。彼女が、キラのそういうところをよーく心得ているということも、わかってはいるのだが。問題はそこではない。
「このまま放って置くのも…」
 食堂の外に目をやり、キラが呟く。彼にとっては、やっぱりカガリは大事な兄弟だ。落ち込んでいるところは見たくないし、なんとかしてやりたい。同じことを思う親友に、今はそうしてやれない分だけ、カガリを放って置けない気持ちは募る。
 キラの横顔を見て、ラクスはいつもの穏やかな顔になった。ピンクの艶やかな髪が、彼女の動きに合わせてさらりと揺れる。
「それに関しては、わたくし、ちょっと案がありますわ」
 興味を持ってラクスの顔を見つめる、キラとミリアリアを見比べて、ピンクの歌姫はたおやかな笑顔をふわりと浮かべた。








 数時間後。
 アークエンジェルの廊下を、ラクスとミリアリアが連れ立って歩いていた。まるでピクニックにでも向かう途中のように、二人ともバスケットを片手に提げている。言葉を交わす二人の雰囲気は、ごくごく親しい。同年代の少女が互いの他にいないアークエンジェルでは、それだけで自然と距離は近くなる。ラクスは誰かと争うことなど滅多にないし、ミリアリアも人見知りをするような性格ではない。勿論、カガリも。そんな訳で、先の大戦の時から彼女達はだいぶ仲が良いのだった。
 ピンクのポニーテイルをさらりと揺らして、隣のミリアリアにちらりと目をやり、ラクスが何気なく訊ねた。
「そういえば、ミリアリアさん。彼、お元気ですか?」
「休暇が消えた、って嘆いてたわ」
 軽く肩を竦め、ラクスの視線を受け止めると、ミリアリアは小さく笑った。
「だいぶ、バタバタしてるみたい。まぁ、一応エリート部隊らしいし」
 少しぶっきらぼうに、突っ放したように言うミリアリアに、ラクスはにこにこと表情を緩めた。
 話題の主、ディアッカ・エルスマンは、先の大戦ではアークエンジェルと共に戦ったプラントの軍人だ。大戦の後、再びザフトに戻り、今はかつての同僚イザーク・ジュールの率いる部隊で、彼の副官を務めている。
 ミリアリアとディアッカ。先の大戦での出会いはかなり最悪なものだったが、後日なんとかわだかまりも解け、今では逆に結構親しくしているらしい。お互いにメールは欠かさないし、ミリアリアはディアッカの休暇に合わせて、仕事を兼ねてプラントを訪れる。
 アークエンジェルのクルー達に尋ねられれば、笑顔で誤魔化すミリアリアだが、その好意の理由が何にしろ、お互いを憎からず思っていることだけは間違いないようだ。
「この先どうなるかはわからないけど…。…出来れば、あいつとは戦いたくないわね」
 呟くミリアリアの言葉は重く、視線は遠い。プラントと争うことになれば、ディアッカにも砲を向けることになる。彼は、自分の信念を持ってザフトに戻ったのだということもわかっているし、自分だって信念を持って、再びアークエンジェルに乗った。それだけは確かだが。
 そういう意味では、カガリの気持ちもわからないでもないのだった。
「ま、あいつのことはともかく」
 ひらりと右手を振って、ミリアリアはずばっと話を切った。
 どこまで本気で言っているのかは別として、あっさり話題を放り投げる。かなりドライな関係な割に、しっかり気は合っている。それもまた、実にこの二人らしいのだった。
 ラクスは、ミリアリアに気付かれないよう、一人こっそり笑いを漏らす。
「カガリさんには、お元気になって頂きませんとね」
「そういうこと」
 語尾を明るくまとめると、二人は良く似た蒼い瞳を優しく細めた。
「カガリさんも、本当はもうわかってらっしゃるはずです。ご自身が望んでいることが、何なのか。ただやっぱり、今は時間があり過ぎるくらいですから、色々考えてしまうのでしょう」
「そうね」
 今のアークエンジェルに出来ることは、ごく少ない。ザフトと地球軍の、無駄な戦闘を食い止めたいと願っているが、実際にはこの間のように戦闘に介入するくらいしかすることがなくて。圧倒的に少ない情報をかき集めて、信じた道を突き進むしかない。カガリもアスランも、今はそれぞれ別の戦闘組織の中にいる。となると、お互いの様子を詳しく知ることなど不可能に近かった。
 アークエンジェルの通路をすたすたと歩みながら、ミリアリアが明るく話を切り替えた。
「そういえばあたし、最初にアスランに会った時の印象と、カガリと一緒に居る彼を見た時の印象、かなり違ったのよね」
「大抵の方はそう仰いますわね。彼、ぱっと見た感じだと、すごくお固そうに見えますのに」
「カガリといると生き生きしてるわよね」
 口に手を当て、ラクスがくすくすと笑う。
「ええ。仕方がないな、って言いながら、こう、おでこにおっきなしわを寄せて、お元気で可愛いカガリさんに構ったり、世話を焼いてあげたり」
「ほんと、手綱を握ってるって、ああいうこと言うのかな、って感じ」
「カガリさんは、一直線ですものね。ちゃんと引き止めてあげなくては、って思ってるんでしょう」
 自分がこうと決めたら、生半可なことでは折れはしない。それが、カガリという女性だ。時にそれは、猪突猛進と言われても、彼女の元に多くの人間が集まるのは、そういう彼女の上昇志向にも理由がある。
「でも、実際のところは」
 横目でちらりと視線を合わせて、ラクスとミリアリアは同時に吹き出した。
「手綱握られてるのは、彼の方ですからねぇ」
 握られている、というのは若干語弊があるかも知れない。カガリは、彼女の赴くままに、自分の道を突き進んでいるだけだからだ。だが、そんな彼女に呆れ、心配し、世話を焼く。アスランが、そのことをどれだけ大事にしているのかを知るのは、意外に難しい。苦笑の下の愛しさに、叱咤の裏の独占欲に、気付く者は少ない。彼は不器用な人間だが、同時に軍人でもある。こんなところでだけ、鍛えたポーカーフェイスが効果を持っていたりする。
 だが、言葉に出さずとも、人に見せずとも、彼がカガリに向ける想いは強くて。
 問題なのは、感情を表わすのが得意なカガリの方が、よりアスランに向ける想いが強いと受け取られがちだと言うことだ。内側を見てみれば、見た目の感情のベクトルと内側のそれが結構反対であると、すぐにわかるのだが。
 笑いの余韻を抱いたまま、ミリアリアは柔らかく言った。
「カガリだって、アスランだって、別にそんなに欲張りじゃないのにね」
 普通の人間からすれば、二人がお互いに望んでいることは大したことではないように思う。ただ、隣に居て。一緒に生きて行きたいと、望むだけで叶えられる人もたくさんいるというのに。望みを遮る壁は、厚く、高い。
「そうですわね…。でもアスランは、御自分がカガリさんに求めているものの方が、とてもたくさんあるということを、そろそろ知らないといけませんわ」
「ラクス…」
「勿論、カガリさんがアスランに望んでいることも、彼にとっては酷なのかも知れませんけれど」
 だが、理想と夢と、強さと愛情と。望んでしまうのは、彼女だからこそ。
 そして、ただ傍にいるという温もりを。望んでしまうのは、彼だからこそ。
 カガリが幼い頃から教えられてきたのは、望まれたことを果たすということだ。彼女は今まで、身に染み付いたその教えを忠実に守り、国民の期待と、アスランの想いに応え続けて来た。それが、時に頭を上げられないほどの重荷であっても。
 だがようやくカガリは、見え始めたのだ。国民の想いと、アスランの想いとを、選別して果たすという道が。いくら両手を精一杯伸ばして望んでも、全てを手に入れることは出来ないのだと。
 呟いて、ラクスはほんの小さく嘆息した。静かに伏せられた空色の瞳に、影が落ちた。ミリアリアが、厳しい表情でラクスの横顔を盗み見る。
 すうっと、目線を上げ、歌姫はきっぱりと言い切った。
「カガリさんは、本当に優しい方。彼女を求める者すべてに手を差し伸べることを、迷いはしない。けれど、今は伸ばされた腕を振り払うことも、知るべきです」
「…」
「そして、アスランも…。本当にカガリさんを望むなら、それ相応の覚悟をしなければなりません。カガリさんはもう、身一つで世界を駆け回っていた彼女ではないのですから。オーブそのもの…。オーブの全てを背負っているのですから」
 歌姫の美しい声は、時に鋭すぎるぐらいの厳しさを告げるのも厭わない。隣に立つ、同い年の少女が言い放つ言葉の意味に、ミリアリアはぎゅっと言葉を噛んだ。そう、彼女の言っていることは、確かにその通りなのだ。それが、責任を負う者の取らなければならない道で、実際彼女もそうして生きてきたのだから。
 自分が、その重みを背負ったところを想像するだけで、正直息が止まるというのに。言い放ったラクスは、うっすらと微笑みすら浮かべていた。
 一瞬、隣に立つラクスやカガリが、とても遠いところにいる人間なのだと実感してしまう。どんなに、ミリアリアが彼女を助けたいと願っても、所詮彼女は一介の民間人。ラクスは全世界の人間から望まれる平和の歌姫。カガリはその双肩に中立国家オーブを背負う国家元首。
 言葉をなくしたミリアリアに、ラクスはちらっと目を向け、ふわりと表情を和ませた。
「…答えが見つからないのなら、背を押して差し上げるのも、お友達の役目ですわよね?」
 二人で、カガリを支えてあげよう、と言うラクスに。ミリアリアは驚いたように目を見開いた。そして、次の瞬間固まった表情をふわりと解した。口の端を綻ばせると、するりと、左腕をラクスの右腕に絡ませる。
 きょとん、と見返すラクスの瞳に、満面の笑みを向けた。
「勿論、その通り!
 …だから、ラクスも、何でも言ってよ?」
 放って置けば一人で抱え込むのはカガリ以上。なまじ、自分で答えを出せてしまうから、弱音も弱さも見せないラクスだって、ミリアリアからすれば、心配の種でもある。言って欲しい。でも、言えないこともたくさんあるだろう。そんなラクスの気持ちだってわかってはいるけれど。
 実際に力になれなくても、口にするだけで軽くなる悩みだって、きっとあるはず。そう語っている、ミリアリアのスカイブルーの瞳を見つめ返し。
 ラクスは、大きく頷いた。
「…はい!」








 とにかく、女の子トリオと、キラとここにはいないけどアスランが仲が良いという話が書きたい一心でした。
 カガリ+ラクス+ミリィってありそうな感じですが、本編では一度も絡みがない…。しょんぼり。ラク+カガ会話だって天使湯が初?
 もう少し仲良くしてるとこが見たかった…!

 後半は、三分の一ぐらいがキラ+虎さんで、残りが三人娘の予定。

 
2005.11.23