DIVE into YOURSELF





 誕生日なんて言っても、これといって、何が起こる日でもないわ。
 ただ、10云年前にあたしが生まれたってだけの話。
 実家に帰ってる時とか、まだ幼年学校に行ってた時なら、色々お祝いしてもらったりしたから別だけど、ここはアカデミーよ?お祝いなんて、まったくもって無縁な場所だわ。
 その上、日付を見てみなさいよ。7月26日。夏季休暇の真っ只中。今アカデミーにいるのは、特別講習のために残ってるパイロットコースの成績優秀者くらいよ。
 メイリンもいないし、女友達は残ってないし。ま、あたしはエースパイロット、『赤』になりたいんだもの。友達がいないと寂しくて誕生日もやってられないなんて、そんな甘っちょろいこと言うつもりもないけど。
 朝からみっちり授業が埋まってるから、朝ごはんを済ませて支度をしたあたしは、早足で演習室に飛び込む。危ない危ない。ギリギリだったわ。
 演習室の中を見回し、空いている席を探すと、あたしの定位置である、前から3番目の机に、先客が座ってる。黒髪のシンと、金髪のレイ。なんだかんだでいつも一緒に行動してる、パイロットコースの友人。あいつらもあたしも、すごく仲良く話すような感じじゃないけど、なんとなく馬が合うもんで、こうして何気に同じ机を囲んでる。
 真っ直ぐ前の机に歩いていって、笑いながら話をしているシンとレイに声を掛ける。
「おはよ、シン、レイ」
「おはよ、ルナ。はい、これ」
 席に着くなり、シンはくるりと振り返って、ぽいっと四角い紙の箱を放り投げて来た。
「へ?」
 不意打ちに驚き、慌ててキャッチしてよく見てみると、それは購買で売ってる、ちょっとお値段の張るチョコレートのお菓子。
「今日、誕生日なんだよな?」
「そうだけど…、なんでシンが、あたしの誕生日知ってる訳?」
 チョコの箱を両手の上に乗っけて、あたしはシンの顔を思いっ切り不思議そうに見つめた。
「メイリンがさ。家帰る前に、26日はルナの誕生日だから、って言って帰ったんだよ。祝うって言ったって、ここにあるものっつったら、そういうのくらいのもんじゃん。別に、いらないならいいけど」
 あたしの反応がイマイチだったのか、少し拗ねたみたいに口を尖らせて、シンは突き放すように言った。慌てて、あたしは手の上の箱をぎゅっと握り、にかっと大きく笑う。
「いるいるいります!ありがたく貰いますっ!」
 そりゃあ勿論嬉しいけど、どっちかって言ったら、むしろ驚いたわよ。よりにもよってシンが、こんなことしてくれるなんて。
 だけど、折角タダでお菓子をゲット出来るチャンスをみすみす逃すつもりもないし。あたしは、シンにお礼を言いながら、受け取ったお菓子をいそいそと鞄に突っ込んだ。授業が始まってもこんなの机の上に出しといたら、没収してくれと言わんばかりだわ。
「あ、ちなみに俺、9月1日だから。よろしく」
 あたしの反応に、どうやらほっとしたらしいシンは、たちまちいつもみたいな、ぱっと明るい顔になった。おどけてにやっと笑う。ああ可哀相に。こいつも、休暇中に誕生日が来るクチね。
「はいはい、ちゃんと覚えとくわよ」
 呆れたように笑いながら答えると、演習室の入口が開いて、教官が入ってくる。あたしたちは口をつぐんで、机の上に筆記用具とノートを並べた。
 教官がおもむろに話し出す。この人、実技だと良いこと言うし、楽しい授業なのに、理論はすごくつまらないのよねぇ。教官が黒板を向いたときに、たまたまシンと横目で目があって、苦虫をかみつぶしたみたいな笑顔を交わす。
 お菓子といえど、シンに誕生日を祝ってもらえるとは思わなかったな。あたし達、そんなに長い付き合いじゃないのに。そういうのって、何気に、良い事だよね。そういえばシンって、誕生日とか全然気にしないみたいだけど、いざお祝いしてもらうとすごく喜ぶタイプよね。今度、ちゃんとあいつにもお返ししてやんなくちゃ。
 レイはもう、見たまんま、徹頭徹尾そういの興味なさそうだけど。特にさっきは、何だかいつも以上に無表情な気がしたし。あのレイでも、ちょっとはそういうの喜んだりするのかな。今度、誕生日聞いてみようかな。
 淡々と続く教官の話を聞きながら、欠伸を歯の間で我慢しつつ、あたしはぼんやりそんなことを考えた。






 だけど、大したことなく終わるはずの誕生日は、これだけじゃ終わらなかった。
 夕飯前までみっちり授業で、ご飯の後は三々五々解散。講義は毎日だから、遊んでる暇もない。今日出されたばかりの課題を、頭の中で組み立てているうち、自然と溜息が出ちゃう。まずいわ。これは思った以上に手間が掛かりそう。まずはマニュアルを手に入れるとこから始めないと。それも時間掛かりそうだなー。で、その後はそれを組み立てて…。…あー、めんど。
 悶々としながら、白々と蛍光灯の点る、人気のない女子寮を進む。パイロットコースなんてただでさえ男ばっかりだから、成績優秀者講習に残ってる女の子なんて、それこそ数えるほど。
 あたしのルームメイトも帰っちゃってるし、ほとんど貸し切りみたいなもの。寮の部屋の前に立って、ノブを握って、はたと郵便受けの中に何か入っていることに気がついた。
 訝しがりながら引っ張り出すと、それは数枚のプリントアウトだった。左肩がホチキスで留められていて、裏に何かかさばるものがついている。首を傾げて引っ繰り返すと、そのかさばるおまけは、どうやら飴のようだった。鮮やかなピンクの、可愛らしいパッケージをした袋入りの飴。味は、見ての通りの桃味。
「はぁ?一体、誰よ…こんな親切」
 とりあえず部屋の中に入って電気をつけ、ドアを後ろ手に閉めて、ベッドにぼすんと横になる。
 プリントアウトをぱらぱらっとめくって、その中身に気付く。それは、件の課題に必要なマニュアルの、コピーだった。
 ますます、誰の親切なのかわからなかった。
「大体、今日出た課題のマニュアルをもうコピーするなんて、レイじゃあるまいし……」
 プリントアウトをほいっと放り投げて、呵々大笑して、あたしは漫画みたいにぴたっと止まった。
 講習が終わった後、いつもみたいに図書室に行ったあいつが、早速マニュアルをコピーしてる。何故か、それぞれ2枚ずつ。
 そんな光景が、容易に想像出来ちゃう。
 しかもそれは、ものすごく納得のいく答えだった。パズルのピースが、かっきりはまったみたいな。
「………まさか、ね」
 だってだって、あいつ、今朝いつも以上に無表情だったし。こんなことしそうなキャラじゃないじゃないの。
 頭の中に、ないない、それはない、有り得ない、っていうあたしの声が響き渡る。
 とは言え。
「……ま、それならそれでもいっか」
 甘いものなんて、ちっとも興味のなさそうな仏頂面が、購買であんな可愛い飴を買ってるところを想像したら、ついつい吹き出しちゃう。
 べりっと無造作にプリントアウトと飴の袋を引っぺがして、個包装の袋を取り出す。ころんと出てくる、桃色の飴を、一つ口に放り込んだ。
 明日会ったら、真っ先にあいつの誕生日聞かなくちゃ。
 それで、忘れずにお礼を言わなくっちゃ。
 口の中に広がる甘酸っぱい桃の味に頬を緩ませて、あたしは幸せそうに緩んだ顔をしたまま、課題をやるため、意気揚々と飛び起きた。











 レイルナは大好きなのですが、やはり書くより見る方が好きかもです(笑)
 というか、書きたいけど、恥ずかしさが先に立って、中々出来ないのよー!(笑)

 やっぱり、シンルナレイで仲が良い話は、DESTINY以前になってしまいますねー。本編上でのは難しい…。あんまり明るく楽しくしちゃうのはアレだし。あの展開で。
 この後ルナに誕生日を聞かれたレイは、散々はぐらかした挙句、ルナにドスの利いた声で詰め寄られて、仕方なく議長の誕生日を口にしちゃうとかなんとか。で、シンとルナはその後もずっと、レイの誕生日を、議長の誕生日(っていつだっけ)だと信じて祝ってるとかなんとか(笑)

2006.7.30