「奥様、招待状が届いております」
仕事から帰って来たばかりの女主人に、敏腕執事は厳かにのたまった。



空色の、細いツーピースの裾をふわりと翻し、銀髪の女主人は執事が差し出す封筒を手に取った。
彼女の元に届く書状は、本来は日に何十通もある。親しい友人の手紙から、
各種パーティや懇談会、講演会の誘いに、どこから湧いて来たのやら、名前も知らない親戚まで。
ただでさえ多忙な彼女が、一人でその書状すべてに目を通すなんて出来やしない。
だから、執事が主人に渡す手紙、見せる手紙を選り分ける。明らかな勧誘とか、
たちの悪い商売の類いは全て捨てて、残りを主人の机の上に置いておく。


だから、今のように執事が直接渡す手紙は、よっぽどの急用と思われた。
「お返事は不要、明後日お会いするのを楽しみに待っている、と承っております」
どんな時にも変わらない、執事の重々しい顔を見て、女主人は忘れな草の瞳を閃かせて笑った。
「相変わらず、気紛れな方ね。せめて一週間前におっしゃって下さらないと。
予定を空ける身にもなって頂きたいものだわ」
苦い色を混ぜつつも、彼女はそれほど本気ではないようだ。脱いだ上着を、
差し出してくれる執事の腕に預け、軽く汗ばんだ肌を手であおぐ。
「…ゼロス様には?」
「ああ、いいわよ、黙ってなさいな」
後で拗ねる主人を毎回見ている執事は一応尋ねるが。
銀髪の女性は取り合わなかった。
「いつもどおりセレスには伝えておいてくれる?」
「はい。畏まりました」



いつもどおり、セレスとリフィル二人揃ってのお出掛けに、ゼロスは拗ねるに違いない。
一人書斎に戻って白い封筒を開いたリフィルは、
そんなゼロスを想像して堪え切れずに忍び笑いを漏らした。
「一緒に行ったって、楽しくないことはわかっているでしょうにねぇ」
西日の差し込む窓辺から庭を見下ろすと、ちょうど赤毛の兄妹が連れ立って帰って
来るところだった。一に仕事二に仕事、三、四がなくて、五に仕事。毎日毎日、
代わり映えのしない状況に、日々進化していく嫌味。
そんな日々の発散のために、彼女が気を配ってくれていることぐらい、
ゼロスだって知っているだろうに。



箔押された手紙には、日付と時間がそれだけ無造作に記してある。
便箋の上下を飾るのは、絡まりあって紋章を作る、百合と鈴蘭の花。
これを使えるのは、この世界でただ一人しかいない。
王宮の奥の奥で、退屈そうに咲く一輪の花。
彼女の孤独は理解出来なくても、共に交わせる話題はある。



橙色に燃える窓の外にそびえる、巨大な城の尖塔を仰ぎ見て、リフィルはくすぐったそうに笑った。
外の世界を知らない彼女のために、大通りに立つ市の、舌が腐るくらいに甘いお菓子でも
持って行こうか、などと考えながら。




―――こちらこそ、貴方とセレスと一緒にゼロスの悪口で華を咲かせるのを、楽しみにしています。
ね、ヒルダ姫様。
今度は本人もいるかも知れませんけど、気にせず喋りましょうね。
おいしい紅茶と、甘いお菓子をお供にして。





そんなリフィルの独り言に応えるように、王宮の時計塔が夕の鐘を鳴らした。








ヒルダ姫様と、先生、セレスが仲が良いと嬉しいな、という話(笑)
携帯の送信トレイの中から発掘しました。

最初は死亡ルートで、もっと色んな背景があって、ヒルダ姫がリフィル先生やセレスに
助力する、っていう設定だったんですけど、ちょっと短くなったので。
そしたら、死なせちゃ可哀相なので(爽笑)
生存ルートと相成りました。

三人の共通の話題は、ゼロスの悪口を徒然に。
ネタは尽きないようです。


2005.9.9