2,俺を巻き込むんじゃない!



「ちょっと聞いてよくちなわっ!!」
 数日振りに任務から帰って来たくちなわを迎えたのは、声の限りに上げられた、しいなの怒鳴り声だった。
「あ?」
 正直言って眠いのだが。
 重い瞼をこじ開けながら、不機嫌に返すが、しいなは気にしていないようだった。
「おろちが酷いんだよ…!!」
 半分涙混じりに声を上げたしいなにぎょっとしながら、くちなわは褐色の瞳を見開いた。


 兄としいなに、喧嘩がない訳ではない。
 自分と兄とは勿論、自分としいなだって喧嘩する。
 だが、それにしたって、しいながここまで怒るのは珍しかった。


「ど、どうしたんだ?」
「…言っておくが、俺は悪くないぞ」
 玄関の奥から姿を見せた長兄も、何故か珍しく眉間にしわを寄せている。
「やったのはおろちじゃないかっ!」
 がばっと振り返り、しいなが拳を握る。
 状況のまったく飲み込めないくちなわは、目を白黒させながら兄と幼馴染の顔を見比べた。
 とてもくだらないオチになりそうな予感を、ひしひしと感じながら。


「…で、何があったんだ?」
 呆れるくちなわの声に答えて、しいなはがばっと身を乗り出した。
「あたしが大事にとっといた桜餅、おろちが食べちゃったんだよッ!」
「あの棚の中身は共有だろう? 今更文句言うなよ」
「そういう問題じゃないのさ!」
 たちまち、冷静な声の兄と、涙混じりの声のしいなが、噛み付くような喧嘩を始める。
 徹夜明けの脳ミソに、二人の声が交互に突き刺さる。
 しかも、とてつもなくどうでもいい話である。
「お前ら…!」
 玄関先で、両手をふるふる握り締めながら。
 額にびしっと青筋を貼り付けて。
 くちなわは全身を使って、力の限りの怒鳴り声を上げた。
「俺を巻き込むなッ!」










 甘味好きのおろち兄様の最大のライバルは、同じく甘味好きのしいなかと思われます(笑)
 くちなわは辛党なので喧嘩に加わることはないけれど、結局は巻き込まれてそう、とかそんなイメージ。

 あ、勿論俺設定ですからね?(笑)
2006.8.27